22日、すまいるキング浜松葵店のつくろーぜ会始まる前に、
プロモデラー・MASATOくんの
追悼展に遅ればせながら参りました。
彼とは生前イベントなどで会うと、歳も2歳下くらいなので、
感覚も近く、仲良くさせてもらいました。何年か前、教室をやりたいと
相談され、浜松まで出向き、ここの近くのサイゼリヤで何時間も、
模型のこと全般含めたくさんおしゃべりしたものです。
月間モデルグラフィックスでも、僕の作例のページの隣のページが
MASATOくんの作例ページだったり、誌面で一緒だったりしたこともあったり、
画像のガンダム4号機などは、モデルグラフィックスの作品を撮影するスタジオに自分の撮影のために出向いたらMASATOくんの荷物があり、編集部と開梱を手伝って
箱から取り出したりもしました。
作品のいくつもが、知っているものばかりなだけに、
どの作品を見ても感慨深く、そして不思議と彼がいなくなったと思わせない
何かをも感じさせます。ひょっこりと顔を出しそうな。
それが作品の力なのかもしれません。
それにしても、
病気とはいえ、早すぎるなと思いましたし、僕だって常に明日はどうなるかわかりません。
僕自身彼に近い立場でもあります。フリーランスでこういう仕事なので、
そもそも、生きていくのに必死といいながら家計をやりくりして生活しています。
しかし本当に生き死にの事になってしまった彼の事を忘れずにいたいと
強く思いました。
日一日一日、一生懸命世のため人のためにプラモの活動をして
生きていけたらと思います。
彼の作品を見て自分はまだまだと痛感も致しました。
MASATOくんに負けないようにがんばろうと思います。
ご冥福をお祈りいたします。
リョータ