突然だが、

ずっと専業主婦をしている、私の母親について書きたいと思う。

何故なら、
私がどういう環境で育ったのかを書くことで、自分の考え方などを整理したいからだ。



私の母親は


21歳で結婚
22歳で私を生み
これまでずっと専業主婦。

自分の欲しいものを買わず、姑にいじめられながら、ずっと専業主婦をしてきた。


父親から、

「お前は死ねばいい」
「早く死んでください」

などと言われながら約30年間耐えてきた。

突き飛ばされたりしたこともあるようだ。

シチューが入った皿を投げられたことも。
(だから私はシチューは嫌い)


化粧もこれまで殆どしなかったし、高い化粧品も買わない。服も買わない。
日々のスキンケアに、100圴の化粧水のみを使っていた時期もある。

父は家事を一切しないので、家事は全部母親がやっていた。

力仕事の雪かきなどをしすぎたせいで、膝の半月板が割れ、階段を昇り降りすることも一苦労。


じゃあ、働いて外の世界に出たら?


という人もいるかもしれないが、
心臓が弱く、
過度のストレスを感じると過呼吸。
膝が悪いせいで、
働くことは難しい。



両親は、
結婚式はあげず、写真だけを撮ったらしい。
多分、お金がなくて、式をあげられなかったんだと思う。



私へのしつけは厳しかった。


寒い冬、外の気温がマイナスの中、私を裸足で外に出した。


私の20歳の誕生日には、
当時の彼氏とご飯を食べに行ったら怒られた。

20歳は家族と過ごすことが義務化されているのだろうか?

もちろんその日、
私は母親に、彼氏とご飯を食べて帰ると言っていたのに。

23時くらいに家に帰ると、
台所にホールのケーキがあり、
「ケーキ買ったのに、いつまで遊んでいるんだ!」と、怒鳴られた。

「自分でロウソクに火をつけて、食べるなら食べなさい」と。

その日、私は、不愉快な気持ちでいっぱいで、自分の部屋に閉じこもって、夜中の2時くらいにケーキを開けて、ロウソクに火をつけた。

涙が止まらなかった。

翌日、その彼氏に話して、
私が
「家に帰りたくない」
というと、
私の母親に電話して、
「昨日はすいませんでした」と謝ってくれた。
そして、
「でも、そんなに怒ることないじゃないですか。可哀想ですよ。本人はこんなに反省しているのに、どうしてそんなに怒鳴る必要があるんですか?」と言い返した。

母親の怒った声が、
電話口から聞こえてきた。

「他人に言われることじゃない。
人の家のことに口を出すな。不愉快です。
あなたは関係ないでしょう」


母親の主張には、限界があった。


この事案については、
30歳になった今になっても、
誰が正しいのか、
何が正しかったのか、
分からない。

もちろん、
私は当時の20歳の誕生日、家族と過ごすべきだったかもしれない。
でも、
おそらく母親は、
私が20歳になるまで自分が一生懸命に頑張っできたことを、私の20歳の誕生日を祝うことで、自分で認めたかったのだろう。



成人式では、
合同の式の後、
友達とご飯を食べに行くために借りた晴れ着を帰ってすぐ脱いだら怒られた。



あまりに怒られすぎて、
私は、誰かに怒られたら、
自分の意見を言うことができなくなった。


「このまま黙っていたら、母親の怒りも収まるだろう」

「悪いのは分かったし、もうしないから、これ以上怒鳴らないで欲しい」


叩かれ、
怒鳴られた。

母親は、
いわゆる、
ヒステリックなんだと思う。


私はいつも、

「早くこの時間が終わって欲しい」

と思い、

フローリングの模様を見つめたり、
物を見たり、
ぬいぐるみを見たりして、
母親の話を聞かないふりをした。

心の中でぬいぐるみと話した。

ぬいぐるみが私に
「大丈夫だよ」
と言ってくれた気がした。


今でも誰かに怒られたり、
誰かが機嫌が悪かったりしたら、
何も話すことができない。

声が出てこないのだ。



だから、


母親について、
優しかった、
という思い出は少ない。



もちろん、
母親は私を褒めることもあった。

勉強をしろとは言わなかった。

でも、
テストの点数が悪いと、
私を突き放すようなことを言った。


一緒に買い物に行ったら優しいけど、
家に帰ると機嫌が悪かった。




私が社会人になって、
一人暮らしを始めると、
今度はヒステリックの度合いが増した。




私が社会人になってからの話は、
また今度書くことにしよう。