同世代の人間で「はたけカカシ」に憧れていない人間なんて、ほとんどいなかっただろう。
アカデミーで1つしか違わないのに、もう上忍として戦線で戦っていた彼は皆の憧れだった。中には「人間離れして恐ろしい」とかあまり聞こえのよくない風に話す奴もいたが。それでも。アカデミーでも、卒業して下忍になっても、カカシは憧れの存在だった。いつしか彼は暗部に入ったらしいと噂が流れ、姿を見せる事がなくなったという。もはや、彼は伝説に近い人物だった。
そんなカカシとの接点を作ったのは、教え子だった。一悶着あったが何とか卒業した、ナルトの上忍師がはたけカカシだった。うちはの生き残りのサスケや、ナルトの中の九尾の事も考えた人事だったのだろう。よろしくお願いします、と挨拶した時は緊張したが、案外砕けた態度で、
「先生としては、まだまだイルカ先生よりも未熟なので、こちらこそ、よろしくお願いしますね」
と言われ、その日の晩はなかなか寝付けなかった。本当に凄い人というのは、とても謙虚なのだ、と感動した。「実るほど頭の垂れる稲穂かな」ってホントだなーと、そんな事まで考えた。
でもそれはあくまで社交辞令で、それ以上の接点など持つことは無いだろうとも思っていた。
だが、カカシのそれは社交辞令ではなかった。子ども達の話を聞かせて欲しいと食事や酒の席に誘われた。はたけ上忍という呼び方も、先生同士なんだから気楽に呼んで欲しいと言われ、子どもたちと同じ呼び方をするようになった。
ずっと、憧れていた人。
そんな相手との距離が縮まっていく事が、少し怖くもあった。
適度な距離をおいて付き合ったほうが、きっと、いい。
そう思いながらも、日々の誘いを断る事が出来ず、毎日のように夕餉を共に過ごしていた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
何度見ても、不思議な光景だ。カカシ先生がウチの年代物のちゃぶ台の前で手を合わせている。
最近、カカシ先生はよくウチで、晩御飯を食べていくようになった。最初は7班の任務先で頂いた野菜のおすそ分けを頂いたのがきっかけだった。そのお礼として、その野菜を使って晩飯を振舞ったら、予想外に喜ばれて。外で食べると口布をしたまま食べるのがちょっと面倒なんだそうで。それ以来、飲むのもカカシ先生のウチか、俺のウチになった。
「今日は何か、アカデミーが賑やかでしたね。何かありましたか?」
「今日は七夕だったんです」
「だから、笹が飾ってあったんですか。そういや、サクラとナルトが騒いでましたっけ」
「アカデミーでは子供たちが願い事を書いた短冊を飾りました。7班の子達も願い事を?」
「えぇ、火影屋敷の木の葉丸に呼ばれていったので多分そこで七夕祭り、やったんじゃないでしょうか。他班の子も一緒だったみたいですよ」
「そうですか、楽しくやってるんですね。よかった」
ナルトはいつも、独りだったから、そうして仲間と過ごせる様になったと聞くと、とても嬉しい。
「ところで、イルカ先生は、願い事の短冊は書いたんですか?」
「えぇ、子ども達に交じって書きましたよ」
「なんて書いたか、聞いていいですか?」
「え?別に特別な事は書きませんでしたよ。皆が健康に過ごせますように、と」
「そうなんですか?俺だったら好きな人が振り向いてくれますように、って書いちゃいますよ」
「えぇ?!!カカシ先生、好きな人がいるんですか?」
「んふふー」
幸せそうに笑うカカシ先生に少し胸が痛んだ。
「そうですか、そんな相手がいらっしゃったんですね。どんな方なんですか?」
「ん?笑顔が可愛い人かな。あと、意外と寂しがりやさん」
聞かなきゃ良かった。何とか笑顔を作っていたが、
「ねぇ、イルカ先生」
といきなりカカシ先生が真面目な顔をして言った。
「先生は、ホントに願い事はないの?」
「何ですか、唐突に」
「だって、先生の願い事、知りたいんだもん。ねぇ、ホントにない?」
「うーん、そう言われましてもねぇ」
ホントは、ある。でも、それは自分の中でもう、願わない事に決めた願い事だったから。
きっと自分はそうとう困った顔をしたんだろう。カカシ先生は話題を変えた。
「ねぇ、イルカ先生、織姫と彦星ってさ、年に1回しか逢えない恋人同士なんだよね」
「そうです」
「年に1回しか逢えないけど、気持ちが通じてる恋人と、毎日会えるけど気持ちが通じないのと、どっちが辛いかな」
「え?」
カカシ先生は俺の事をじっとみつめていた。
「ねぇ、どう思う?」
「え…と、それは、どういう、事でしょうか」
「まんまですよ、毎日毎日、せっせと会いに行っても、相手は全然、俺の気持ちを分かってくれないの。おまけに自分の気持ちまで隠しちゃってさ」
「!」
「ねぇ、イルカ先生。先生はこのままがいいって思ってるかもしれないけど」
「か、カカシせんせ…」
カカシ先生がじりじりとにじり寄ってくる。俺はなんだか怖くて座ったまま後ろへ後ずさった。
「俺は嫌ですよ。こんなの。もっと、もっと、イルカ先生に近づきたい」
「!!」
背中に壁が当たって、もう逃げる事が出来ない。にじり寄ってきたカカシ先生が俺の顔の両脇に腕をついて囲った。カカシ先生の端整な顔が、間近に迫ってパニックを起こしかける。
「かかか、カカシ先生!近い、近いです!」
「だって、近づきたいんだもん。ねぇ、イルカ先生。も1回聞くよ?ホントに願い事はない?」
「………ないです。だって、叶わない願いなんです。だから、願わないって、決めたんです」
「…なんでよ。どんなことでも、きっと俺が叶えてあげるよ?」
だから言って?と色違いの瞳に見つめられて、言わないでいられる人がいるだろうか。気がつくと俺は絶対、人には言わないと決めていた事をポロっと吐き出していた。
「カカシ先生に、俺を好きになってもらいたいです」
「!」
「それで、ずっと、ずっと、一緒にいてもらいたいです」
言葉と一緒にぽろぽろ涙までこぼしてしまった。なんて恥ずかしいんだろう。そうしたらカカシ先生の顔が近づいてきた。
「!!!かかか、カカシ先生」
「やっと、言ってくれた」
嬉しそうな顔で微笑ったカカシ先生が、俺の涙を唇で拭ったのだった。俺はビックリして涙が引っ込んでしまった」
「叶わない、なんて、決め付けないでよ」
呆然としてカカシ先生の綺麗な瞳を見つめた。奇跡のような青い瞳。
「だって、イルカ先生の願い事、半分はもう、叶ってるよ?」
「え?」
「イルカ先生、好き」
そう言って、カカシ先生は俺の手をとって手の甲にキスをした。
「!!!??!?」
ものすごい気障なしぐさだったけど、カカシ先生にはものすごくハマっていて。俺は今日何度目か分からないパニック状態に陥った。
真っ赤になった俺が落ち着くまで、カカシ先生は俺を抱えて待っていてくれた。
「本当に、全然気がついてなかったんですねぇ」
「はぁ、まぁ」
ううう、カカシ先生の腕の中でなにやら、いたたまれない。
「でも、これで晴れて両想いですね!」
「…………はい」
「俺の願い事も半分叶いました」
「え」
「イルカ先生が振り向いてくれますように、って。叶ったよね」
「あぁぁあ!」
今思い返すと恥ずかしい!!笑顔が可愛いって俺?俺の事?!!
「んふふ。後ね、俺の残り半分の願い事とイルカ先生の半分の願い事はおんなじだから」
「!!」
カカシ先生にぎゅっと抱きしめられる。いったん引きかけた血がまた顔に上るのを感じた。
「だから、一緒に、叶えようね」
にっこり微笑まれて、頷かない人がいるだろうか。
俺はもう、言葉も無く。ただひたすら頷くと、カカシ先生の顔が近づいてくるのを受け止めた。
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七夕なので甘い話…と思ったのですが、よくあるパターンに陥ったような(-"-;A