龍を呼ぶ笛




昔ある村に、辰彦という若者が1人住んでいた。辰彦はとても手先が器用で、生活に使う物はなんでも手作りしていた。お茶碗、鍋、籠にちゃぶ台など家具の数々、ついには家までも1人で建てた。辰彦の腕前は、村中に知れ渡り、村人たちは辰彦の手がけた品々を買い求めにやってきた。



「辰彦や、今度家を建てるのを手伝っておくれ」



「箪笥を作っておくれ」



「ちゃぶ台を頼む」



そんなふうに、辰彦は皆から色々頼りにされる若者だった。



ある日のこと、山奥で木を刈っていた辰彦は、誤って足を滑らし、岩穴に落ちてしまった。



しばらく意識を失っていた辰彦の耳に、突然不思議な低く柔らかな声が響いた。



「辰彦、そなたに頼みがある。山奥の竹藪へ行き、そこで光る竹を一本探し、その竹で笛を作って欲しい。手先が器用なそなたならば、きっとすぐに作れるはずだ。」



「その笛を作ってどうされるのです?



辰彦は辺りに向かって叫んだ。



「その笛を人が吹いたなら、私はこの岩穴から出ることが出来る。私は、この山を守る龍。昔、神の怒りを買いこの岩穴に落とされた。以来、そなたの来るのを待ちわびていた。」



「なぜ、私がここに来ると知っていたのですか?



「私は未来を読む力を持つ。そなたが生まれる前からそなたのことは知っていた。」



声はどこまでも温かく穏やかだった。辰彦はなぜか、龍の境遇を哀れに思い、なんとか岩穴を抜け出して、竹藪を探した。竹藪は直ぐに見つかったが、これ程沢山の竹の中から光る竹を一本見つけ出すのはさすがに難しいように思えた。ところが夜になり、月の光が照らした先に、強く光り凛と立つ竹を、辰彦は容易く見つけだした。辰彦は一心不乱になり、笛を手がけた。三日三晩何も食べずにただただ笛を作り続け、あっという間に立派な形が完成した。しかし、肝心の音が全く鳴らない。辰彦は悔しい思いで一生懸命練習を重ねた。



不思議なことにその間お腹が空いたり、風呂につかりたくなったりなどの欲求は少しも湧いて来なかった。ただただ無心に楽器を吹き続けた。それから7日余りが過ぎた頃、



『チーヤーター』



いきなり、美しい音色が飛び出し、そして地面が大きく揺れた。岩穴から姿を表したのは、なんと虹色に光る鱗を持つ美しい龍だった。



「辰彦よ、ありがとう。そなたの懸命さが力を生んだ。私はそなたに救われた。今度は私がそなたの願いを叶える番だ。」



 



「私の願い、、」



「今思い付かずとも、必要となったらその笛を吹いて私を呼び出すがよい。なんでも叶えてやろう。」



美しい龍を前に圧倒された辰彦は、言葉につまり、何も叶えられぬまま龍を空へと逃がしてしまった。



それから月日が経ち、村を干ばつが襲った。長い間雨が降らず、作物は枯れかかり、人々を悩ませた。祈祷師が呼ばれたが、それでも雨を降らせることができなかった。村の庄屋は焦って、雨を降らせることが出来た者に金を出すとまで騒ぐ有り様だった。辰彦は、笛のことを思い出した。



「龍よ、どうか雨を降らせておくれ」



辰彦の笛の音は村中に響き渡り、そして大雨を呼んだ。



この出来事に庄屋は驚き、辰彦を屋敷に招いた。



「実は、妻が病に倒れ苦しんでいる。なんとか救ってはくれまいか。 もしも、そなたが助けてくれたなら、わしの娘をやろう。」



庄屋の娘は大層美しく、恥ずかしさに頬を赤らめる様子も清らかだった。辰彦はためらうことなく願いを込めて笛を鳴らした。すると庄屋の奥方の顔色はみるみるうちに赤みが指し、嘘のように病気も回復した。



庄屋は心から喜んだものの、いざ娘を渡すとなると急に迷いが生じた。さらには、あの笛を若者から奪い取ればきっともっと幸せになれるに違いないという悪い考えさえ浮かんだ。



辰彦は、お礼をされるどころか家来たちに捕えられ、笛を奪われた。返して欲しいと訴えると、家来たちは辰彦を武器で散々懲らしめた。辰彦は、命からがら家に帰った。



不思議な笛を手にした庄屋は、早速鳴らそうとしたが、そう簡単に鳴るはずなどない。しまいにはイライラして、笛を放り投げた。



それを拾ったのは庄屋の娘、お清だった。お清は父の辰彦への仕打ちに心痛めていた。かねてより楽器に秀でていたお清が吹くと、その笛は涼しげな音色をたてた。そのとき、強い風が部屋に雪崩れ込んできた。お清が目を凝らすと、虹色に光る龍の姿が。



「娘よ、悲しい顔をしている。そなたの願いは何だ。」



「どうか、あのお方のもとへ連れていってください。私の母と村のために祈ってくださったあの方のもとに。」



お清は龍の前で泣き崩れた。



「承知した。私の背に乗りなさい。そなたをあの青年のもとへ、連れていく。」



お清は驚いたが黙って頷き、龍の背に掴まった。すると龍は、辰彦の家までひとっ飛び。辰彦は、お清の優しい看病のもと、傷も回復し、二人はいつまでも幸せに暮らした。龍を呼ぶ笛はやがて、二人の子や孫に受け継がれ、虹色の龍は代々二人の子孫の守り神となってその幸せを見守った。