「さらば、わが愛/覇王別姫」を観賞しました。印象に残った場面について感想を書きます。物語全容については、多くの方々が記しているので割愛します(あらすじ全部書けるほどの文才も無いので)



以下、大いにネタバレあり。

 

女郎の母に捨てられた幼い主人公、呼び名は、小豆。とても美しい子どもです。京劇芝居宿舎で「淫売の子」と罵られる小豆を兄弟子の小石頭が庇います。体格の良い小石頭と線の細い小豆。二人は仲良く肩寄せあい眠ります。小豆に何かあったら助けにくる小石頭がカッコいい。頼りになる兄貴です。

小豆は過酷な稽古に耐えかねて、仲間の小癖とともに宿舎から脱走、人だかりに紛れて劇場に入り、そこで初めて京劇「覇王別姫」を観ます。役者の見事な立ち回りに涙する二人。「この舞台に立つまでに彼らはどれほど打たれ、厳しい修行に耐えてきたのだろう。どれだけ打たれてもいい、自分もいつかあの舞台に立つのだ。」小豆はそう決意し、小癖とともに宿舎に戻りますが、自分たちを逃がした罪で罰を受ける仲間の弟子たちを目の当たりにします。連帯責任だなんて、どんだけ過酷なんだ。

師匠に追い回される小石頭を見て、小豆はたまらず自ら尻をつきだし、体罰を乞うのです。あまりに激しい折檻の様子に怖じけづいた小癖は、逃亡中、店で購入した甘いサンザシの実を口いっぱい頬張り、その後首を吊ります。衝撃的な場面でした。小癖の恐れはもっともです。

小豆はそれから女形の修行にいそしみますが、あるとき師匠の連れてきた客の前で台詞をとちってしまいます。すると師匠より先に小石頭が飛んできて、師匠に恥をかかせた罰と称して小豆の口内にあろうことか火のついたキセルを突っ込むのです。口から血を流しながら、そのあと小豆は見事に台詞を諳じてみせました。ゾクゾクッと鳥肌の立つほどの妖しさ、美しさ。若き日の美輪明宏さんを彷彿とさせます。

小豆の美貌は富豪の老人の目にとまり、部屋に拉致されそのまま手篭めにされてしまいます。小石頭よ、助けに来て欲しかった、、。女郎の子である小豆の悲しい運命とも言えるのかもしれません。

時は過ぎ、小豆は蝶衣に、小石頭は小樓に各々名を変えて京劇界の一躍スターになります。大人になった二人の代表演目はあの小豆が涙を流しながら観た「覇王別姫」。小樓は王様、蝶衣は姫様です。覇王別姫は、戦に敗れた王項羽とその妻虞姫が非業の最期を遂げる悲しい物語です。自らの役にのめり込んでいく蝶衣に対して、舞台が終わると女遊びに耽る小樓。小樓を兄と慕い、密かに恋心を抱く蝶衣にはかなり苦しい現実。

正直言って、大人になった小石頭、小樓には幻滅させられっぱなしでした。ヘラヘラとした笑い顔も低俗的で、昔の少年らしい気概がまるで消え失せてしまっていて。おまけに人気の女郎、菊仙と婚約までする始末。蝶衣が可哀想()

菊仙に嫉妬の炎を燃やす蝶衣は、あてつけに京劇界の重鎮と夜を共にします。覇王別姫の化粧を互いに施し戯れる場面では、蝶衣の涙がまるで宝石か何かみたいに美しく煌めきます。絵画になってもおかしくないほどの映像美です。

蝶衣にはそのあとも数々の災難が降りかかります。街を占領する日本軍に態度を咎められ拘束された小樓を救うため蝶衣は日本軍の前で舞を舞うのですが、その後釈放された小樓から「敵に媚を売った」と唾を吐かれます。小樓、お前のために仕方なくやったんだから、そこはお礼を言うのが筋だろうに‼️怒りがこみ上げてくる場面でした。

小樓は菊仙と正式に結婚式をあげ、蝶衣はやるせなさから阿片に溺れてゆきます。

阿片×美男子とは、まさに某有名少女漫画(BL文学漫画)「風と木~」を連想させます。あの作品も悲惨な結末でした。二週間くらい落ち込んだ覚えが()

それはさておき、日本軍をもてなした理由により国軍に逮捕され裁判にかけられる蝶衣。何故か仮釈放となるも阿片の毒に冒された体は既に悲鳴をあげていました。薬が切れて半狂乱になって暴れる蝶衣を必死に抑えこむ小樓。震えながら「母さん、寒いよ、寒いよ」とうわ言のように繰り返す蝶衣の体をあの最大のライバル、菊仙がそっと抱き締めます。菊仙は、小樓の子を流産したばかり。女郎の母に捨てられた子、蝶衣が、我が子を亡くしたかつての女郎菊仙の腕に抱かれている、この数奇な運命。そして、悲しくやるせない人間の心理。いろんな思いが複雑に交錯するこの作品一番の名場面ではないかと勝手に思っています。いや、名場面で溢れかえってはいるけれどもね。

小樓と菊仙の献身的介護により、回復した蝶衣でしたが、共産主義の台頭により時代の流れに独り取り残されてしまいます。面倒を見てやっていた弟子の小四とも演技の方向性の違いでぶつかり、小四は家を出て行ってしまいます。挙げ句の果てに自分の当たり役である虞姫の役を小四に取られてしまうのです。舞台裏に取り残された虞姫姿の蝶衣に、菊仙は哀れみの表情を浮かべながら、マントを着せてやります。「ありがとう、姉さん」蝶衣が初めて菊仙を義姉と認めた言葉でしたが、結局マントは蝶衣の肩から滑り落ち、蝶衣はそのまま行方をくらませます。

菊仙はことあるごとに、蝶衣と小樓の間に絡んできますが、初めはめちゃくちゃいけ好かない高慢ちきだったのに、だんだん、人間味というか優しさ的なものが垣間見られるようになってきて面白いと思いました。

新時代の幕開けとともに、旧体制が崩壊していきます。小樓と菊仙の家の前に佇む蝶衣。家の中には旧時代に纏わる品々を次々と火にくべる小樓と菊仙がいました。二人は互いに酒を酌み交わし、未来への不安をかき消そうとするかのように激しく愛しあいます。窓からその様子をじっと窺う蝶衣が怖、、いや、悲しい。

そして物語は次第に最悪な事態へと向かってゆきます、旧体制の遺物として、京劇が弾圧の憂き目に合うのです。舞台化粧をした蝶衣と小樓を始めとする京劇役者たちが軍隊により街を引きずり回されます。街中は大騒動です。

ここで、小樓の小心さが浮き彫りとなります。軍に自己批判せよと命じられた小樓は、京劇を罵倒し、蝶衣がかつて日本軍を舞でもてなしたこと、パトロンに体を売っていたこと、男色家であることなど、次々とぶちまけたのです。蝶衣は青ざめ、ぶちギレて小樓の妻がかつて女郎であったことを大声で叫びます。大衆に紛れて様子を見守っていた菊仙は呆然とします。真偽を問われた小樓は、菊仙が女郎であったことを認め、愛しているかと聞かれると、「愛していない、彼女とは離縁する」とはっきり言い放ちます。保身のために二人を裏切った小樓。昔の姿は見る影もありません。最低最悪な男です。でも、こうでも言わないと生き残れない、時代が一番の悪だと思います。

騒ぎのあと、憔悴しきった表情の蝶衣と菊仙の二人。菊仙は蝶衣からかつて貰った結婚祝いの剣を蝶衣に残して去りました。

蝶衣が、小樓の屋敷へ行くと、そこには結婚衣裳に身を包んだ菊仙の変わり果てた姿が。

小樓の愛に見放された菊仙は絶望のあまり、首を吊って死を選んだのです。あまりに苦しすぎて、この地点で観るのを止めようかと思ったほどです。

でも、蝶衣のその後が気になる。せめて彼だけでも幸せになって欲しい。

物語は、11年後に飛びます。

京劇が復活し、蝶衣と小樓の二人は再び覇王別姫を演じるために11年ぶりに再会します。だだっ広い体育館の真ん中でスポットライトを浴びながらリハーサルに勤しむ二人。途中何度も台詞を忘れる小樓がなんだか哀れに思えます。もう、いいおじいちゃんだものね。一方の蝶衣は化粧バッチリ、昔と変わらぬ凛とした美しさです。小樓が蝶衣の幼い頃に間違えた舞台台詞をいたずらっぽく諳じて見せます。微笑みながら続きを口走る蝶衣。次の瞬間、王の剣が抜かれ、蝶衣は物語の虞姫のように剣で自らの首をかき斬って絶命します。カメラはそれを目の当たりにする小樓に向けられ、最後に「小豆」と蝶衣の幼名を小樓が叫んで物語は幕を閉じます。

誰も救われない、悲しい最後でした。でも、蝶衣は虞姫として舞台で死ねて本望だったのかな。菊仙と蝶衣の分かりあえそうで分かり合えない、絶妙な関係性に強く惹かれながら観ていました。舞台の外になにも出来ず賭博や女に金をかける小心者の小樓、彼の一体なにがそんなに良かったのか。命を賭けるほどの魅力を持った人間ではないだけに、二人の死が哀れでなりません。

この作品について、いろいろな考察を読みましたが、皆かなり深掘りして読まれていて、時代背景など含めとても勉強になりました。

作品を観賞して2日経過した今もなお、その余韻が治まりません。

重たい内容でしたが、胸に迫る素晴らしい映画でした。

最後に、徹底した役作りで演技に挑んだ蝶衣役、故レスリー・チャンに深く哀悼の意を表します。