自分がスターシードなのかそうでないのか

自分が何者であるかはそんなこと関係ないのに

気づいたらスターシードであるのかにとらわれていた

自分の価値を委ねていた

わたしはただわたしであるだけだ

#Pupla_human


自分へのだめ出しをやめると
そのままの自分から逃げられなくなる。

ぞわぞわして居心地悪いけど
それが自分。

そしてその居心地の悪さは
周りから嫌われることへの恐怖。

周りの視線を気にして自分を変えるか
そのままでいくか。

わたしはそのままでいきたいから、そのぞわぞわする気持ち悪さそのままで感じて耐える。

自分は変えない。











良いものを食べないと
魂的にいい状態でいられない









ということに違和感を感じてるんだ。









魂的にいい状態って
そんなに儚いものなのかよ。








もっと確たるものとして
多少のことでは動じない
堂々たるものじゃないのかよ?










そう思えてならないから









魂的に良い存在でいるためには


食べるものにも気を使わなければ。

最大限波動の高いpureなものでなければ。



という考え方が納得できなかった。








自分が食べたくないものを
無理矢理食べるのはあまり良くない

とは思うけど



波動的にpureなものしかだめ
というのは変だと思う。









なんか真実じゃないかんじがする。









わたしたちの存在って
そんなに脆い存在じゃないよ。








自分の波動は自分自身で保てるよ。








というか自分の波動は自分次第ではないの?








それは食べるものがpureだから
ということではなく


自分自身で選べるということだと思ってる。









そして誤って変なもの食べたって大丈夫。

ミスる自分も受けいれる。

失敗する自分も受けいれる。









なんかしょっちゅうぽんミスする
おっちょこちょいな自分くらいで
いい気がしてる。









本当にpureな尊い存在の魂って
そういう存在じゃないのかなぁ。









わたしはそんな気がしてならないんだけど。