私たち日本人が西欧人を見た時、見かけだけでその人がアメリカ人かイギリス人がドイツ人かといった出身国はわからない。話す言葉や、英語ならばその英語の訛りなどを聞いて、やっと推測できる程度だ。
アメリカ人から見ると、アジア人も一緒くたに見えるらしい。アメリカ人にとっては、中国人も韓国人もベトナム人もフィリピン人も日本人も皆一緒くたの「アジア人」である。私たち日本人も西欧人を見た時に、その出身国はわからないから、彼らを責めることはできない。
最近、アジア人である日本人である私にとって、残念なことがあった。親しい友人(アメリカ人女性)が、モールのネイルサロンに行ったそうだ。そのオーナーはアジア人だったそうだ。同僚も出身国が同じ人達だったらしく、彼女らの母国語でお喋りしていて、お客様である私の友人に英語で話しかけることはほぼなかったそうだ。話した英語は、終わった時の「サンキュー」だけだったという。友人は、自分のことを話して笑っているのではないかとさえ思ってしまって、とても居心地が悪かったそうだ。。。
何年か前に大都市でアジア人差別が話題になったことがあった。・・・ちなみに私は、田舎町に住んでいるせいか、アジア人差別という目に遭ったことがない。みんな、受け入れてくれると感じている。・・・その、アメリカ人によるアジア人差別のニュースを聞いた時には、単純に「アメリカ人の中に、そういう人種差別意識があるんだな」と思った程度だった。そして、そのような人種差別や様々の差別意識は、人間誰しも大なり小なりあると思ったので、「人間の罪」として片付けていた。
先日、友人からこのエピソードを聞いて別の思いを持った。国を超えての「人間としての常識」というか、エチケットやマナーというものは、特に様々の人種が混合している国では大切なんだなということだった。アメリカ人の中にアジア人差別意識を作ってしまっている原因が、アジア人自身だということに気付いたのだった。
自分が担当しているお客様に話しかけることもせず、初めから最後まで同じ国から来た同僚と大声で話して笑っていたという態度は、先ずプロとして、職業人として受け入れられるものではない。
国際社会になってきた。人間としての最低のマナーや常識、そして、国を超えてお互いを尊敬し合う態度が益々求められるようになっていくと思う。
私たち神の信徒には、神の道や導きというものが内側にある。常にそこに立ち、胸を張って堂々と生きていきたいと思う昨今である。神の高潔さ、これが内側に輝くような存在になりたい!
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7月&8月の2ヶ月間、ブログをお休みします。里帰りしてきます。
皆様も、祝福溢れる夏をお過ごしくださいませ!!