Sojourner's Journal

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‘人はみな草のようで、
その栄えは、みな草の花のようだ。
草はしおれ、
花は散る。
しかし、主のことばは、
とこしえに変わることがない。’
Ⅰペテロの手紙1:24&25

〈最近の思い。祈りについて。〉

 

マタイの福音書6:8を見てみよう。

 

「・・・あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。」マタイの福音書6:8

 

その前の7節からの文脈を見ると、祈る時に同じことばをくり返してはいけないということだが、同時にこの箇所から、私たちの父なる神は、私たちひとりひとりの必要を全てご存知であることを改めて知ることができる。

 

昼夜一生懸命に祈っても、この世では癒されることなくイエスさまの下へ行った人たちを何人か見てきた。同時に、信徒たちが一生懸命に祈り、奇跡的にこの世で癒されて生存されている人も何人か見てきた。祈りとはいったい何なのだろうとずっと考えてきた。

 

私たちの父なる神が、私たちの必要を全てご存知なら、祈る必要などあるのだろうかと、祈りを虚しく感じることも過去に多々あった。・・・特に、私の主人のケースが亡くなった直後には、祈りについての虚しさが襲った。どんなに昼夜懸命に地上での癒しを祈ったことだろう。多くの人々も祈ってくださった。だが、父なる神のみ心は、「究極の癒し」であった。・・・

 

アダムの原罪によって、父なる神との繋がりが断たれてしまった人間・・。断たれた繋がりをもう一度繋げるために、神はそのひとり子イエスを送ってくださった。この、神の愛を知る上でのコアーとも言える部分を、繋がりの回復に見ることもできると思う。

 

創造主として、神の似姿に創造された人との繋がりを大切にされる父なる神である。祈りは、父との繋がりのために与えられたものであると、遅ればせながらやっとはっきりとわかった。祈りという対話によって父なる神と繋がることができるのである。

 

祈り、即ち神との対話には、様々な内容が含まれるだろう。心の打ち明け、嘆願、罪や失敗の告白、感謝、賛美、・・・。そして、祈りの基礎にあるものは、やはり何と言っても神とその御名への全き信頼であろう。

 

父なる神と私たちとの関係は、親子関係と似ていると思う。もちろん父なる神の無条件の愛のレベルに人間の親は、まるで及びもしないが、無条件・無償であるという質は似ていると思う。子どもが独立してしまった後も、健全な繋がりを保ちたいと思うのが、親の心である。その繋がりは、やはり対話(電話でも何でも)によって保たれる。

 

私の心や必要をすべてご存知の父なる神に全き信頼を置いて、今後もイエスさまによって回復された繋がりに感謝しつつ、父なる神への祈り=対話を深めていきたいと思う昨今である。

 

 

先日の、タッカー・カールソンによる、駐イスラエルアメリカ大使であるマイク・ハッカビーとのインタビューを少し聞いた。このマイク・ハッカビーも、テッド・クルーズ上院議員の立ち位置と変わらないことが、よくわかった。・・・タッカー・カールソンはテッド・クルーズ上院議員とも以前インタビューしていて、テッド・クルーズがどういう立ち位置にあるかをその時ハッキリと知って失望したものだった。

 

私の頭はそう細々(こまごま)とできていないので要点だけ書くが、要するに、マイク・ハッカビーもテッド・クルーズも、「この紋所が見えぬか―!」という角さん助さんの見せる水戸光圀の御紋所にひれ伏す人々と同じだと思った。

 

アメリカでは、創世記12章が引き合いに出され、それが水戸光圀の「御紋所」となっている。

 

「・・・あなた(アブラム)を祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」創世記12:3

 

テッド・クルーズもマイク・ハッカビーも典型的な福音派のクリスチャン→シオニストであり、この聖句を、文字通りにそのまま受け取って信じている。マイク・ハッカビーは元牧師だったそうだが、ガラテヤ人への手紙3:7をどう信徒たちに教えたのだろうと思う。

 

「アブラハムは神を信じ、それが神の義とみなされました。・・ですから、信仰による人々こそアブラハムの子孫だと知りなさい。」ガラテヤ人への手紙3:6~7

 

私もよく知らないから大きなことは言えないが、①現在のイスラエルという国の建国の歴史、②イスラエルに住む「ユダヤ民族」のルーツをよく知らないことが、今回のインタビュー後の騒動を見て思ったことである。ただ創世記12章を読んで、単純に「ユダヤ人崇拝」になってしまっていることが、アメリカの福音派クリスチャン→シオニストたちの大きな問題点だと思う。

 

私の個人的見解としては、①現在のイスラエルという国は、人(英国のロスチャイルドを中心とした人々)によって建国された国である ②混血していない元々の本物のユダヤ人は、ごくごく少数である、と認識している。あの現首相ネタニヤフなど、白人以外の何ものでもない。自分はユダヤ人だとして、ネオコンはもちろん、アメリカ大統領までもひれ伏させている。その上アメリカの福音派・シオニストをひれ伏させているから、思いのままだろう。

 

最近アメリカでは、政治家の多くがイスラエルロビーからお金を受けて、イスラエルの力に支配されていることが明らかになってきた。タッカー・カールソンによる功績である。トランプも副大統領のJDヴァンスも、このイスラエルの強大な支配下にあることがわかった。

 

金(カネ)の力はすごい。また、真の歴史を知ることの重要さを思うが、それを阻む悪魔の力も大きい。神のことばを用いて人を騙してくる悪魔の巧妙さには改めて驚かされる。

 

ともすると、この世の悪にばかり目が行きがちな私だが、目を愛と光の神に向けて、神の御名を讃美することの重要さを改めて思う。

 

「今、私のかしらは、

私を取り囲む敵の上に高く上げられる。

私は、その幕屋で、喜びのいけにえをささげ、

歌うたい、主にほめ歌を歌おう。」

詩編27:6

この2週間ほど、世界中の多くの人々が冬季オリンピックのテレビ中継に釘付けになっていたようだ。

 

私はテレビを持っていないので、17日の朝にスマホのユーチューブを開けて、やっと「りくりゅう組」の奇跡の逆転劇を知った。

 

絶望の5位から金メダル獲得は、実に奇跡である。その不屈の精神、集中力、チーム結成後の7年間の訓練や、怪我やコロナでの挫折や挫折の歴史、等々、人々が感動する要素は、この二人には多くある。

 

私は、人々が「りくりゅう」のペアースケート演技を見て胸を熱くする一番の理由は、上に挙げた理由にもまして、そこに「神を見た」からだと思う。

 

「神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。」創世記1:27

 

木原龍一という男性と三浦璃来という女性による、パーフェクトとも言える一体感!そこに「神の似姿」がある!その「神の姿」を見て、人々は感動をするのだと思った。

 

人は、神の姿、神の真実に触れると、感動するのだと思う。・・・

 

もう昔のことになってしまったが、「冬のソナタ」が一世を風靡した。この時も私は、人々は、あのドラマの中に「神の真実」を見て感動したのだと思った。・・・あのドラマの中の「神の真実」は、私は個人的に「真の愛は、愛する人を決してコントロール(支配)しない。愛する人を自由にするのが真の愛である」ということだと思った。

 

神の愛、真の愛、愛する人々を自由にする愛、これに対して、サンヒョクは恋人を支配しようと躍起だった。なるほどなと思ったものだ。

 

人は、神に似せて創造された。その「人」から男と女が創造された。この創造の神を、常に讃えるものでありたい。

(2週間前のブログの続きです。)

 

の前に自分の感情を正直に表した後、詩編の作者(主にダビデ)は、必ず目・意識を自分自身(セルフ)からへと向ける。もしいつまでも自分の感情に留まっていたら、自己憐憫に陥りやすい。・・・この自己憐憫の例はいくつか見てきた。それは見ていて気持ち悪いものがある。可哀想だとは思うが、人に同情されると気持ちいいのだろうか。ああ、気持ち悪い。自己憐憫だけは避けたいものだと人のふり見て思う。

 

さて、に目・意識を向けた時の作者の多くの思いが書かれているのだが、3分の2の学びが終わった時点での気付きを以下にまとめておこうと思う。

 

1.今までいかにが良くしてくださってきたか、それに意識が向けられる。古代イスラエルという国家に対して、また、作者自身(個人)に対して、いかにが良くして来て下さっているかに意識が向けられるのである。今まで良くして来て下さっているが、現在、そしてこれからも、ずっと良くしてくださるに違いないのである。(例:詩編103:1~14)

 

2.が「契約の神」であることを改めて認識する。コンコーダンスを見てみたら、詩編の中で「契約」という語が21回使われている。我らのは、自ら古代イスラエル人、延いてはキリストの信徒たちと、契約を結んでくださっているなのである。そのことを、特に苦難に面する時には決して忘れてはならない。は必ずその家族を守ってくださる。(例:詩編89:33)

 

3.邪悪なものに気持ちを向けないようにして、とそのことばに意識を向ける。(例:詩編12:4~6)

 

4.主に絶対的な信頼を置く。(例:詩編62:8、91編全体)

 

5.への讃美。(例:詩編107:22・・・「彼らは、感謝のいけにえをささげ、喜び叫びながら主のみわざを語れ。」・・・この箇所はへブル書13:15を彷彿とさせる。以下へブル書引用。

 

「ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。」へブル人への手紙13:15

 

尚、ここでの「いけにえ」の原意は、「act・行為」と載っていた。何と美しい個所だろう!!!私も、感謝と賛美のいけにえを、絶えずお捧げするものでありたい。

 

以上、今年の「詩編」の学びの3分の2を終えた時点でのまとめなので、最終的にはもっといろいろな思いが出てくるかもしれない。

 

今まで何となく軽く目を通していた「詩編」だった。姦淫と殺人という二大罪を犯したダビデが、心からの悔い改めによってその罪を赦され、そして十数年に亘るサウル王からの逃亡の恐怖と苦しみの中から残した詩歌の数々・・。(遅ればせながら)それらに親しむにつれて、ダビデという存在がいかに神に選ばれたものであったかが見えてきたような気がしている。・・・私たちひとりひとりも神に選ばれているのですね。(^^)/

今日は詩篇から示されたことの続きを書く予定だったが、現在母国日本では、衆議院議員選挙の開票結果が出ている最中とのことで、詩編は来週に持ち越すことにした。

 

私は反グローバリズムに立つので、それを明確に表明する唯一の党である参政党支持者である。反グローバリズムは言葉を換えればOne World Order=世界統一政府とも言われ、それはまさに終末の様相であると思っている。その私の立ち位置からすれば、参政党以外はグローバリズム政党であり、いくら共通点があったとしてもその政党に賛同することはできない。

 

高市人気がすごいらしく、その人気に乗じての選挙であったと思う。現時点での自民党=グローバリズム政党の圧勝ぶりを見て、日本人のおめでたさ&忘れやすさにため息が出てしまう。高市さんが日本を変えてくれる英雄だとでも思っているのだろうか。おめでた過ぎる。彼女が自民党に所属していることを忘れてはならない。自民党がこの「失われた30年」の日本を作ってきた元凶であることを、決して忘れてはならないのだ!

 

最近トランプ大統領が高市支持というメッセージを出したそうだが、これは内政干渉だと思うし、「ヘイ、トランプよ~!?」と思ってしまった。いくら自分(トランプ)が大好きだった安倍晋三の部下だった高市さんとは言え、彼は、彼女が自民党=グローバリズム政党だとういうことをはっきりと認識しているのだろうか。もう、わけがわからない。第一、他国の選挙に口出ししてくるな!(やはりトランプでさえ、日本はアメリカの属国だという意識が心の奥底にあるのだろうか・・?悲し過ぎる。)

 

私は母国に住んでいる間は自虐史観の犠牲者であり、母国の素晴らしさをあまり認識していなかった。母国を離れてみて、いかに日本がユニークで繊細な国であるかを知ることができた。これから母国日本が、貧しい移民国家になってしまい、治安も悪くなって長い年月をかけて築かれてきた繊細な国民性を失っていってしまうのではないか・・ということを、心から憂いている。

 

かと言って、30年以上離れてしまった母国に住む場所はなくなってしまっていることを、里帰りの度に思い知らされている。このアメリカは、金の猛者が多く、肉食人種の住む野蛮人の多い個人主義の国である。とは言え「住めば都」とはよく言ったもので、この国の国民性の良さも見えてきている。何と言っても、主人が私のために残してくれたこの家が終の棲家と(今の時点では)感じている。寡婦年金制度も、母国よりはるかに良い。

 

話を戻すが、高市人気も一時的なものだろう。そのうち、化けの皮が剝がれていく。その時に高市フィーバーたちはやっと目を覚ますのだろうが、移民の数が家族も合わせて1000万人を超えてしまっていたらどうするんでしょ?・・・

 

「犬が自分の吐いた物に帰ってくるように、愚か者は自分の愚かさをくり返す。」箴言26:11

 

愚かさをくり返すものではありたくない。