(実況⑦よりつづき)
猫魔は、椿と楓が校門をくぐり、姿が見えなくなるまでしばらく見送っていた。
は、最後の戦いに出陣した。
猫魔が、二人を送り出すのもこれが最後かと思うと、名残惜しいような気持ちで、二人が消えた後も校門を見つめ続けていた
・・・が、、、、
しばらくして、ハッとした。
「アイツら、、、二人一緒に入って行ってもーた。。。」
最後と思うあまり、うるうる感情にひたりすぎて、今朝、二人に伝えた、試験に集中するために別々に時間をあけて学校に入れ、という注意事項をすっかり失念してしまっていたのである。。。
ひたってる場合じゃなかった。。。
「あ~あ」と思うものの、もう、「ハハハ最後の試験だったのにな」と力なく笑うしかなかった
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猫魔とパパは、案内された保護者控室に入った。
B中学
この学校は、小6の4月の日能研の個人面談で、先生から志望校ラインナップの一つとして「B中学はどうですか」と言われ、関西出身の猫魔は全くその名を知らなかったが、このとき初めて頭にインプットされた学校だ。
そして、その後、実際にB中学を見に行き、中身を知るよりも先にそのステキな外観に大満足し、猫魔の心に良い印象として残った。
夏頃、B中学が目立って人気が上昇しているとあちこちで耳にし、みながそれほど評価しているのならばとますます興味を持った。伝統校であるものの、ずっと改革を続けている学校のようだった。
都心で家からは通いやすい位置にあり、また、受かりそうなレベルであるということで、B中学を志望校とする気持ちが秋にかけて段々と高まっていき、最終的には、A中学が第一志望であるが、それ以外ならB中学、と思うようになっていた。
直近、この学校に足を踏み入れたのは、12月24日のクリスマスイブの日だ。
猫魔は、校舎内を見ながら、日能研の最後の合格判定テストをこのB中学で受けたことを思い出した。
あのとき、楓は、左手首に大きなギプスをつけて合判テストを受けていた。
あのバカは、この大事な時期に、小学校で鬼ごっこをしていて、鬼のタッチをよけた勢いで手を地面について、手首を骨折してしまったのだ
あれは、12月21日、2学期の終業式の2日前だった。
職場で仕事をしていた猫魔に、小学校から電話がかかってきた。小学校から電話なんて通常かかってくるものではなく、たいていは何か嫌なことがあったときだけだ。
猫魔は、嫌な予感がしたが、やはりその予感は当たっていた。
先生:楓さんが、休み時間に鬼ごっごをしていて、手首を骨折してしまいまして。。。
その第一声を聞いたとき、猫魔は、「は・・・? ウソでしょ? 今?」と、信じられず、ズドーンとショックを受けた。
骨折。。。
その重大な響きに、大慌てで猫魔は尋ねた。
猫魔:手首を骨折って、、、右ですか 左ですか
利き手の右手だったら終わりだと思い、ゴクリと唾を飲み込んだ。
先生:左手です。
猫魔は、「は~っっ」と大きな息をついた。
右手じゃなかった。。。大きく安堵したものの、3日後には大切な最後の合格判定テストがあり、それに、2週間後には埼玉受験が迫っている。いったい、アイツは何をやってるんだ!!と怒りがこみ上げた。
猫魔は、「どの程度のケガですか!?」と聞いたものの、病院に行っているとのことで、その場では詳しくは分からなかった。
猫魔自身は骨折の経験がなく、それがどれくらい不自由で、どれくらい治療にかかるのか、さっぱり肌感覚が分からず、骨がくっつくまでにはそれなりに時間がかかるのだろうと思い、絶望的な気持ちになった。
あのとき、楓をひどく𠮟りつけた。
猫魔:なんで、あと2日で学校も終わるのに、こんなことを起こすかな!? 鬼ごっごなんて不要不急だろうが!!あんたは、これまでの3年間の努力をパーにする気なの!!?右手だったら終わりだったよ!!
楓:ごめんなさい。。。
猫魔:3日後の合格判定テストどうするの! もう、全然ダメじゃん!! 左手だったとはいえ、そんなギプスしてたら問題用紙めくれないでしょ!?
楓:こうやって、ギプスで押さえれば問題めくれるよ。。。
猫魔:めくれたとしても、動作遅いから時間を食うよ! 最後の合判だったのに! 受験生なのにギプスなんかしているバカはアンタ1人だと思うよ!! 鬼ごっご、一生禁止だから!!!
猫魔は、イライラが止まらなかった。
このB中学で受けた最後の合格判定テストの後、楓は、ギプスがあっても問題を解くのに支障はなかったと話していたが、まあ、ギプスなんて関係なく、本人の実力なんだろうが、結局、冴えない結果に終わった
そんなことを思い出しながら、猫魔は、教室の窓から見える、B中学の校庭・校舎・広がる青空に目をやった。
なんてステキな環境なんだろう。なんてステキな学校なんだろう。
こんなところで椿と楓に6年間を過ごしてほしい。
見れば見るほど、良い学校である。
でも、このB中学に猫魔が足を踏み入れるのも、もうこれが最後になるかもしれない。。。
そう思うと辛くて、目に涙がにじんだ。
なんで、2月1日の最初から、この学校を受けなかったんだろう。
最初から受ければよかった。
なんで、こんな最も倍率の高い最終回しか受けさせてあげられなかったのだろう。
後悔で後悔でいっぱいだった。
今さら言ってもしょうがないことである。
でも、どうしてもあきらめきれない。
猫魔は、B中学のこの回の昨年度の入試結果を改めて見てみた。
倍率は非常に高い。受験者数に比べて、合格者数を見ると大量に落ちており、絶望的な思いになる。
しかも、今年の受験者数は、上からも下からも流れ込んできているんだろうが、昨年度から更に増加しており、より厳しい戦いとなっている。合格するのは上位15%以内だろう。4教科で7割の得点が必要なのではないか。
猫魔は気持ちが暗くなり、周りを気に掛ける余裕もなく、両手に顔を伏せて静かに泣いていた。
今頃、椿と楓はどのように戦っているのだろうか。
今日は、4教科。
一つ一つの科目が終わるごとに、椿と楓はどうしているのだろう、できているだろうか、それとも、できなくて不安になっていないだろうか、と二人が席に座っている姿を思い浮かべた。
今日が最後の試験だから、もう次の戦略を考える必要がない。
猫魔の心身の疲労もピークになりつつあり、もう何もする気がなくなって、ぼ~っと座っていた。
これまでのことを思い出しては泣いたりしているうちに、気分が悪くなり、あとは目をつぶってずっと机につっぷして、時間がたつのを待った。
これまで、ずっと、椿と楓のお尻を叩いて、できるだけ勉強が進むように引っ張ってきた。
でも、もう猫魔ができることは何もないのだ。椿と楓の運を天に任せるしかない。
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12時過ぎ B中学の試験終了
猫魔は、校庭で椿と楓が出てくるのを待っていると、出てくるわ、出てくるわ、大勢の受験生がゾロゾロと出てきた。
こんなにも多くの受験生がこの狭き門を受けているのか、とリアルで目にして実感。
このゾロゾロ歩いている子たちの大半が、夜には「不合格」を目にすることになるのだ。
なんだか胸が痛くなった。
大分待って、ようやく椿と楓が出てきた。
二人の表情をうかがってみる。感触はどうだったのだろうか?
二人の顔を見ると、"アルカイック・スマイル"のような不思議な表情をしていた。
A中学のときのような、できなかったというような顔でもなく、E中学のときのように「できた!!」という自信満々の顔でもなく、ほんのわずかに口角に笑みが残るような、でも親に楽観視させないようなポーカーフェイス。
猫魔は測りかねて、今回は最後の試験だし、遠慮なく「できたのか?」と尋ねた。
二人とも問いかけを無視するわけでもないが、ふーん、というかんじで何も明確に言わない。
ただ、なんとなく、絶対できなかったというふうでもなく、これで戦いが終了した、というハレバレとした様子に見受けられた。
猫魔は、確認したい気持ちがはやるものの、いったん問い詰めるのをやめ、まずは二人をねぎらい、家に帰宅してから確認することにした。
13時過ぎ 家に帰宅
椿と楓は家に帰るや否や、まだ昼だというのに、戦いの鎧兜を脱ぎ捨てるように、次々と服を脱いですっぽんぽんになり、パジャマに着替えだした。もうゴロゴロする気、満々だ。
「は~っ」と布団に転がり込む。
学校によって、問題用紙を回収するところと、持ち帰らせてくれるところがあるが、椿と楓のカバンを見るとB中学の問題用紙が入っていたため、猫魔は急いでページをめくって、問題の難易度や、二人の書き込み具合を確認し始めた。
まず、国語。
文章題3題、漢字・語句1題。
漢字・語句を見て、二人に何を書いたか、どれを選んだかを確認し、できていると判断。
文章題については、猫魔もざっと読んでみようと思ったが、疲労のあまり、ふらふらして全く頭が働かず、全然、冷静に読むことができない。字を読んでも全く頭に入ってこない
そのせいか、なんだかとても難しい文章に思えてきて、椿と楓はこんな文章題をできたのだろうか、と不安になる。
猫魔:ねえねえ、国語の文章題できたの?
:できたよ!ちゃんと書いた!
その力強い返事に、こんなに難しい文章題でもできるようになったんだな、とこの期に及んで、猫魔は感動してしまった。
さすが6年生だ。
子供に対しては至らないところが目に付きがちで、「なんでこんな簡単な問題もできないのか!」と叱ってしまうことも多かったが、子供は立派に成長していたのだ。
日能研のテストで、せっかく分かっているにも関わらず、ちょっとしたことでケアレスミスをするたびに、
「漢字はキレイに書け!」
「何を問われているかよく読め!」
「注意点は丸囲みしろ!」
「書き抜きで転記ミスするな!勝手にひらがなを漢字に変えない!漢字をひらがなに変えない!」
「字数指定の条件はよく見ろ!何字"ちょうど"なのか、何字"以内"なのか、何字"程度"なのか!」
「文の最後は、問われ方に合わせて『こと』『ため』『気持ち』とか、ちゃんとそろえろ!」
口をすっぱくして言ってきた。
そういううっかりミスをすることを、我が家では「おチビコース」と呼んでいた。
椿と楓のような小学生のおチビが、うっかりミスをしたり、まんまと出題者の策略に引っかかって間違えてしまったりすることを、「おチビさんがやらかしてしまうコース」という意味で名付けていた。
猫魔は、椿と楓がミスをするたびに、「そういうのをおチビコースと言うんだよ!」「おチビさんがやってしまうパターンだ!」「また、おチビコースか!」「せっかく分かっているのに、もったいないと思わないのか!」と、何度言ったかしれない。
今日のB中学の問題用紙を見ると、ちゃんと重要ポイントやキーワードに線が引いてあるし、問にも「適当でないもの」を選べとあれば、そういう注意点に波線が引かれていたり、選択するうえで間違いを見つけたら、その単語の横にバツをつけるなど、きちんと取り組んだ様子が見てとれた。
つづいて、算数。
問題用紙を開くと、二人とも、びっしりと計算と解き方が書かれていた。それを見ただけで一生懸命解いたことが感じられた。
一応確認する。
猫魔:計算問題はミスしてないか?
:計算は4回は見直した! 他の問題も最低2回は見直した!
猫魔:一行題は?
:できたよ!
猫魔:大問2は?
:これは解けたと思う。
猫魔:大問3は?
楓:(1)~(3)はできて、(4)は分からなかったけど、力づくで解いた!
椿:同じ!(4)は分からなかったけど、途中で思いついて、検算したら合ってたからラッキーって思った!
猫魔:大問4は?
楓:あ~、それ分からなかったんだけど。。。
椿:いろいろやってみたんだけど、よく分からなかったから合っているか分からない。。。
猫魔は、大問3までできているのなら、「よし」と判断。
最後に、社会と理科。
こっちは、猫魔もどんな分野が出たかくらいは見てみたが、読み解く元気もなかったので、合っているかどうかの確認もできない。ただ、こちらもちゃんと書き込みはされており、きちんと取り組んだ様子が見てとれた。
猫魔:もう、ママ、見る元気もないけど、社会と理科どうだった?
楓:ちゃんと見直しもしたよ!社会さ~、この〇×問題、見て! クッソひっかけ問題! 笑っちゃったよ!
椿:あ~、それ、最初気づかなくて、違うのを選んでいたんだけど、あとで見直しのときに「アレ、これ違うぞ!」って気づいて、慌てて直してセーフ! よかった~!
楓:アンタ、バカなんじゃないの? そんなの一瞬で気づいたよ!
楓:理科はね~、テコの問題が出たんだけど、楓さ~、テコとか全然分かってなかったんだけど、1月に理科の復習を一気にやったときに、やっと理解したんだよ! 楓の黒いノートにも書いてたでしょ! やっててよかった~! ほら、このテコの図を見て! これ、何度も何度も間違えないように計算したんだよ!
それを聞いて、猫魔は、ほめるよりも、「オマエ・・・。1月になってもテコ理解してなかったのか・・・?」と愕然とした。。。
楓は、理科の成績がものすごく悪く、その足の引っ張り度合いが大きいせいで、4教科合計の偏差値が低空飛行になっていた。
あれほど前々から、テコ・滑車や、電流、化学反応など、頻出で、かつ理解していなかったら大失点になる分野はちゃんとやれ!、と言い続けてきたのに、1月に理解したのか。。。
猫魔は、ヒヤ~ッとして、呆れながらも、ニコニコと自慢げに笑う楓の顔を見て、「終わっちまったし、もーいーや」と口をつぐんだ。
一通り、試験の感触の聞き取りを終えて、絶対できなかったというわけではなさそうだ、という心象だけは得て、かろうじで最後の望みをつなげることはできた。
その後は、椿と楓と同様に、猫魔もこれまでの7連戦で傷だらけであり、疲労困憊で脱力した。
あとは、待つしかないのだ。
B中学の合格発表は18時
あと4時間
息苦しいような待ち時間が始まった。
(実況⑨ 2月4日夜 につづく)