(実況②よりつづき)

 

2月2日 朝

 

6時 

椿ニコと楓照れが起きてきた。

 

昨夜の不合格のこともあり、二人の顔を見るのがつらかったが、努めて何事もなかったようにふるまった。

食卓に並んで座った二人に、「よく寝れた?」と明るく話しかけた。

 

椿ニコと楓照れには、合格発表がいつあるか伝えていないため、昨晩22時に結果が出てしまったことは知らないはずである。

だから、猫魔が普通にふるまっていさえすれば、もうすでに不合格が判明していることには気づかないはずなのだ。

そういうところは、椿ニコも楓照れボンヤリさんというか、結果発表がいつなのかを全く気にしないタイプだった。

 

 

明るくしゃべる猫魔の顔を椿ニコと楓照れじーっと見ている気がする。

「気づいているのではないか?」と猫魔は不安になる。二人の静かな表情からは、何を考えているのか読み取れない。

 

何も考えていないかもしれない。猫魔の気にしすぎかもしれない。

でも、塾生活の中で、合格発表がいつ頃あるのか先生から聞いたこともあるだろうし、『2月の勝者』で合格発表の様子を読んだこともあるし、フツー、当日の夜遅くに合格発表があることは、知っているのではないか?

 

それに、猫魔がどんなに明るくふるまおうとしても、表情には微妙な陰りが出てしまう。合格だったら、隠そうとしても笑みがこぼれ出るはずだろう。でも、それはない。

 

ちょっと顔が不自然に固まってしまっており、隠しきれた自信はなかったが、結局、椿ニコと楓照れは何も言わなかったため、猫魔は気を取り直して、「今日は、午前 C中学、午後 D中学だよ!」と説明して、用意をさせた。

 

 

7時

家を出発。C中学に向かう。

 

C中学は、家から近いことと、共学校であること、偏差値が高すぎもせず、かといって低くはなく目指すにはよいレベルだったこと、ICT教育に力を入れており、報道でも紹介され、人気のある学校だったことから、受験校の一つに入れていたが、実は、猫魔は、その校舎・校庭の狭さから、あまり気に入っていなかった。

そのため、C中学に到着してもさほど気分が盛り上がらない。

 

C中学の過去問は、一見すると、とても見やすい構成になっており、標準的な良問というかんじで、とっつきやすい、という印象だった。

A中学のように読み取りにくい問題ではなかったため、椿ニコと楓照れも解き進めることはできるだろう、というくらいに思っていた。

 

ただ、思い返すと、これこそ甘い考えであったと、あとから反省するばかりである。C中学の偏差値は中堅にしてはそこそこあるほうである。

 

それに、小6の春ごろの日能研の面談の際に、先生から、「C中学はミスできない学校ですよ。これを見てください。R4偏差値以下の受験生は全然合格していないんです。他の学校の場合は、合格者の偏差値に幅があるでしょう?例えば、こっちの学校だったら、偏差値40台の人から偏差値60近い人まで受かっていたり。でも、C中学はそうではなく、合格者の偏差値はこのR4偏差値付近に固まっていて、それ以下の人は全く合格していないんです。」と言われたことが、頭にエコーのように残っていた。

 

 

椿ニコはともかく、楓照れの持ち偏差値からすると、楽観できないレベルであった。

 

 

C中学は特に気に入っていたわけではなかったのに、入試の日程上、2月2日の午前に差し込んだ学校だ。

2月1日がとれなかったのに、安全校にならない学校など、受験させなければよかったのだ。

2月1日を落としたうえでの2月2日なのだ。このタイミングでは、絶対合格する学校を投入すべきだった。

 

なのに、今回の受験では、楽に受かるであろうレベルの学校を最初から設定することが猫魔にはできなかった。

それから、双子であるため差をつけたくなかったことから、椿ニコと楓照れの偏差値の差に目をつむり、それぞれに合った柔軟な受験校を考えることができず、同じ学校ばかりを受けさせてしまったのだ。二人を無理にそろえる必要などなかったのに。

 

猫魔としては、2日の午後(&3日の午前)にD中学があり、D中学は二人ともとれるだろうと考えていたため、それ以上の安全策をとることをしなかったのである。

 

 

8時、椿と楓、出陣日本国旗

 

 

この学校は狭いせいか、保護者待機場所はなく、保護者はいったん解散することとなった。しかし、多くの保護者はすぐには帰ろうとせず、子供の試験が始まるのを立ったまま待っていた。

 

猫魔も名残惜しいような気持ちでしばらく待機し、「国語が始まりました」とのアナウンスを確認してから、学校を出た。

 

パパパグは近くのカフェで待機。猫魔もそうするつもりだったが、昨晩の不合格の衝撃と、眠れなかったことによる睡眠不足で気分が悪くなっていたため、いったん家に帰って休み、試験終了前にまた迎えに来ることにした。このC中学は、徒歩でも30分でなんとか帰れないことはない距離なのだ。

 

 

12:00 

お迎えのため、C中学に到着。しばらくすると、「試験が終了しました」のアナウンスがあった。

椿ニコと楓照れはどうだったのだろうか。

 

その直後に、「本日午前の試験の合格発表は18時を予定しています。受験生の皆さんは、今、お渡しした合格発表のアクセス先を確認してください。」というアナウンスが聞こえてきた。

 

よけいなことを言う学校だ。これで、椿ニコと楓照れに、この学校の合格発表がいつあるかがバレてしまったではないか。しかも、18時は二人が起きている時間だ。「チッ」と思ったが、もう遅い。

 

 

椿ニコと楓照れが出てきた。その表情を見る。なんか、ビミョー。。。

 

 

猫魔としては、「C中学は、まあまあだったよ」とか、「A中学よりは簡単だった」とか、そういった言葉を期待したが、なんか表情が暗い。椿ニコですら暗い。「できた」という顔ではない。

 

 

それを見て、猫魔の不安も大きくなった。なんだか、よくないことが進行している気がする。負のスパイラルに入り込んでしまったような。。。でも、もう2日の午前の試験は終わってしまったのだ。

 

試験が終わるたびに、貴重な機会が一つずつ失われていっている気がする。何も成果が出ないまま、試験日程だけが進んでしまっているような。

 

もう、この時点で、前半の勝負どころの3つの試験が終わってしまった。もう一度、やり直させてくれと思っても、後戻りはできない。。。

 

猫魔は、「A中学よりはできたか?」と聞きたかったが、表情が冴えない椿ニコと楓照れに対してあれこれ問うことはせず、「次は、D中学だよ。そんなに時間もないから、さっさと移動して、お昼ごはんを軽く食べようね」と言って、D中学の最寄り駅に向かった。

 

 

D中学に到着。この学校は、結局、学校説明会で校舎内の様子までは詳しく見ることができなかった学校だ。

試験会場に案内される途中、校舎内の様子を見て、「女子校は共学校と造りが違っていて、上品なかんじだな~」と思った。

 

椿ニコと楓照れの気持ちが上向けば、と思い、階段の装飾や、きれいなオブジェを見るたびに、椿ニコと楓照れに、「うわ~、すごくかわいくて素敵だね!」と声をかけた。

 

C中学の結果もヤバそうなのだ。D中学をほめちぎるしかない。

 

 

14:30 椿と楓、出陣日本国旗

 

今日は、国語と算数の2教科のみ。

家にも早めに帰れるし、体力的な負担は少なくて済むが、科目数が減るほど、4教科の総合力で勝つというより、その科目の出来次第となるので、楽観はできない。

 

 

猫魔とパパは、保護者待機場所である講堂に移動した。A中学の待機場所は体育館だったし、C中学は待機場所もなかったので、D中学のきれいな講堂で座ると、とっても良い学校に見えてきてしまう。

 

実は、このD中学は、志望校としたA、B、C、Dの中では、もっとも手ごろな偏差値の学校であり、全然、難しいとは思っておらず、また、倍率もさほど高くなかったことから安全校くらいにしか思っていなかったのだ。

他がダメだったときは、最後、D中学に行ってくれればよい、くらいの位置づけだった。

 

でも、ここまで椿ニコと楓照れの思わしくない状況が続くと、そんな気持ちはふっとんでしまい、やたらとD中学に対しても謙虚な気持ちになる。

講堂で座っていると、良い学校に見えてきて仕方がない。以前、そんなこと思ってなかったよね。下に見てたくせに…。

一つもとれていないから、D中学に対しても、「こんなにいい学校だとは知りませんでした。お願いします、どうか、どうか受からせてくださいお願い」という気持ちだった。

 

 

待機している間、講堂の中には、静かな音楽が流れていた。しんみりくる、良い曲ばかりだ。

猫魔もピアノの発表会で弾いたことのある、ムソグルスキーの「キエフの大門」。クライマックスの感動的なメロディーが流れてくると、猫魔の感情も高ぶって、たまらない気持ちになり、泣きたくなってくる。

 

その後は、「タイタニック」のしんみりとしたメロディー。

猫魔は、涙が出ては乾いてカピカピとなった、うつろな目を前方に向けながら、呆然として時間がたつのを待っていた。

時折、思い出したように、R4偏差値表をじっと眺め、明日以降の戦略を考えていた。

 

 

17:30 椿と楓が出てきた。

 

 

A中学C中学に比べたら、このD中学の試験問題については、楓照れでさえ、過去問でほとんど合格最低点をクリアしていたので、猫魔としてもそこまでの不安は持っていなかった。

 

椿ニコと楓照れの表情をうかがうと、A中学の試験後のしかめっ面や、C中学の試験後の冴えない表情のようなことはなく、わりと普通の表情で出てきたため、やや安心した。

 

最初の2校のように、ダメだった、という感触ではなさそうだ。

ただ、2教科のみであることと、午後受験のため上位層が流れてきていることだけが心配材料だった。

(椿ニコと楓照れの場合は、直前、社会と理科も頑張ったし、中堅校であれば、4教科勝負のほうが、社会と理科が手薄な受験生よりも有利と考えていた。)

 

 

帰宅の途につきつつ、もう間もなく、18時に迫る、C中学の合格発表が気になって仕方がない。

 

椿ニコが、「ねえ、C中学、今日の試験のときに、合格発表は18時って言ってたよ。もうそろそろじゃないのかな。」と気にして言ってきたが、猫魔は気持ちに余裕がなく、ささくれだっていたため、「18時なんて、ママ知らないよ!」「合格発表はどこも夜遅いんだよ!」と、はねつけるようにしてスルーした。

 

 

C中学はダメだろう、という予想もあり、見るのが怖くてたまらない。

 

 

家に着くころ、18時をちょっと過ぎているだろう。

18時ちょうどに見たいが、帰宅途中に椿ニコと楓照れの前で見るわけにはいかない。家に帰ってから、こっそりと確認するしかないのだ。

逸る気持ちを抑えながら、家まで急ぐ。

 

 

もうすぐ18時だ。

 

 

(実況④ 2月2日夜 につづく)