9月に
息子のミニバスチームの保護者と
なんとなく気まずくなってしまった。
2人でのランチはなくなったけど
彼女も"気にしてない"ということだったから
それで終わったんだと思っていた。
でも。
それ以降、彼女と会ってもなんだかぎこちない。
会話もほとんどなくなって
なんとなく避けられてる感じ
わたしにまだ多少の気まずさが残っているからそう感じてしまうのかも、
と思っていたが
彼女に避けられていることを旦那も感じていた。
悲しくなって
それなら!とわたしもあえて話しかけることをやめてみたが
段々バカらしくなって
気にせず話しかけるようにした。
以前のような反応ではないけれど
普通にかえしてもらえるようにはなったかな
なんて思っていたけれど。
他の保護者とのふとした会話の中で、
その保護者にわたしのことを愚痴っていたことを知ってしまった。
内容は彼女もあえて言わなかったし、
わたしもつっこまなかった。
なんだろう。
わたしそんなに酷いことをしたのかな。
わだかまりが残るのはいやだからってランチにも誘ったけど
それをさりげなく拒否して
"気にしてない"とかいいつつ
他の人に愚痴るんだ。
なにがそんなに嫌だったのかわたしはわからない。
わたしに直接言えや
←お前もな
わたしは友達だと思っていたけど
彼女はそうは思ってなかったんだな。
悲しいのと悔しいのとで
家に帰ってから涙が止まらない。
小さい頃から握りしめた
"わたしには友達がいない"
"どうせわたしは嫌われる"
"どうせ仲間には入れてもらえない"
が反応した。
そんな時、ぢんさんのこのブログを読んだ。
わたしはいつまでこっちの世界にいるんだろう。
いつまで
"わたしはこうしたのに相手はこうしてくれない"
って自分の正義をふりかざすんだろう。
いつまで
"わたしにはない"
という前提を握りしめるんだろう。
いつまで
"可哀想なわたし"アピールを続けるんだろう。
相手がわたしを気に入らないのはわたしのせいではない。
相手に種があっただけ。
わたしが彼女にザワザワさせられるのは彼女のせいではない。
わたしに種があっただけ。
いつまでもうんこ💩投げ合ってても仕方ないな
そういえば。
最近
"わたしは大丈夫"
"どうせわたしは愛されてる"
をつぶやくのを忘れてた。
まだ考えると悲しくて悔しい気持ちは消えないけれど
呪文をつぶやき続けよう。
きっとわたしにはすでに"ある"のだから。