1977〜78年にかけてのロックに目覚めた中学の頃にタイミングよくロック御三家と呼ばれた日本のロックアーティストたちがお茶の間を賑わせていた。
原田真二、ツイスト(世良公則)、そしてチャーだ。
原田真二はピアノを弾きながら甘いメロディを歌い、世良公則は足を大きく広げたオーバーアクションで激しく叫び、そしてチャーはロックと歌謡曲がほどよくミックスされたナンバーを歌いながらオリンピックホワイトのフェンダームスタングを自在に操る姿が印象的だった。
原田真二もツイストも好きだったが、原田真二はソロでしかもピアノだったし、ツイストはどうしてもボーカルの世良にカメラが集まり演奏するバンドのメンバーをじっくり見ることができないのがちょっとだけ残念だった。
その御三家の中でも、唯一ギターを弾く姿が常にアップで映し出されるチャーがテレビに登場するといつも釘付けになったのはエレキギターに憧れを持ち始めた少年にとっては当然といえば当然のこと。
セカンドシングルの気絶するほど悩ましい
次の逆光線
この2曲もよかったが、1978年3月にリリースされた闘牛士はそれまでのミドルテンポの2曲からは一転、のっけから気持ちのよいリズムをはじき出すギターで始まるところが堪らなく、当時兄から引き継いだガットギターでチャレンジしようとしたがすぐに挫折した思い出がある。
次のシングルGIRL(これもいい曲!)がリリースされる頃から徐々にブラウン管からフェードアウト気味になり、ちょっとした事件の後はすっかり目にすることはなくっていた。
その後本格的なロックバンドでの活動を行うためにJOHNNY,LOUIS & CHARを結成、1978年7月14日に野音で開催された「Free Spirit」と題された無料コンサートは大きな話題となり、3万枚限定でリリースされたこの模様を収めたLP盤を自分も手に入れ、歌謡ロックからの変貌に「これが本格的なロックというものなのか~」なんて知ったような感想をもったものだった。
これ以降のピンククラウド~ソロとしての現在に至るまでの活動で彼のアルバムを新譜として買うことはなかったのだが、なぜかその活動だけは気になって、雑誌でチャーの記事を見つけるとついつい読みふけり、チャーが表紙の雑誌やムック本を見つけるとついつい手が伸びて気がついたらレジの前、なんてことが今でも続いている。
今ではギター小僧ではなくベースばかり弾いてる青年(いや、壮年?老年?)になってしまったのに、自分がよく聞くパンク寄りなロックでもないのに、ましてやアルバムだってそんなに買ってるわけでもないのにだ。
これってどういう事なんだろうか?
チャーがギターを弾く姿をいつも憧れの眼差しで見ていたエレキギターが欲しくて欲しくてたまらなかった少年。その時のロック小僧の感覚が今の今までずっと変わらずに続いているってことなのか?
チャーがフェンダームスタングを手にしている姿、チャーの口から語られる言葉の一つ一つが曲以上に自分には響いているってことなのか?
いずれにしてもチャーといえば自分にとってはちょっと稀有な存在であることだけは確かで、これからもそれは続いていくのだろう。
こんなロックとの接し方も悪くはないんじゃないかな?と勝手に思ってみたり。
あっ、そんなに多くないけど何枚かCDやDVDもちゃんと持ってますけどね(笑)
最後はお薦めの3曲で。
では、また。