前回のブログ繋がりで、今回も札幌所縁のパンクロッカーを。

自分にとって札幌出身のパンクロッカーと言われていの一番に思い浮かぶのはKENZI(八田ケンヂ)。KENZIは自分と同じ1964年生まれ。彼にとって最初のバンドのスマ・ロ子は、高校生にしてレコードデビューも果たしている。


その後スリーピースのイギリスを経て単身上京、裸足のパンクロッカーと呼ばれ知名度も上がり、1985年にKENZI名義で1stアルバム「BRAVOJOHNNYは今夜もHAPPY END」をシティ・ロッカーよりリリースし人気も急上昇。


1987年にはKENZI & THE TRIPSとしてシングル「ダイアナ」、アルバム「FROM RABBIT HOUSE」でメジャーデビューしている。


後になって知ることだが、僕はKENZIの存在を認知する以前から彼や彼の音楽なんかと出会っていたという不思議な縁がある。

まずは、高校時代に恥ずかしながら愛読していた別冊マーガレット。

この月刊誌には「スターダスト3年目」というマンガが連載されていて、作者のいくえみ綾は自分と同じ歳、しかも北海道出身札幌在住で、漫画の方はパンクロッカーを題材にした恋愛モノ。ってことで、どっぷりはまってしまったのは想像に難くない。

ここに登場する主人公の八田一美、その兄で不慮の事故で亡くなった伝説のパンクロッカー八田俊哉。どう考えてもKENZI(八田ケンヂ)がモデルだろう、と気付いたのは随分後のことになる。


高校を卒業し就職に伴い引っ越した倶知安町。そこから100㎞ほど離れた札幌にあった自主製作盤を扱っていたレコード店、そこを初めて訪れたときに買ったのがイギリスのカセットテープ。何の前知識もなし、たまたま店頭に置いてあったものを目にして気になったので購入しただけ。聴いてみたらえらくダークな感じのパンクロック。その中でも「♫尊敬してるぜシド・ビシャス、憧れてるのさパンクロッカー♫」と歌われるBALLAD2という曲がえらく気に入り、毎日繰り返し聴いていた。

何年か後にメジャーデビューとなったKENZI & THE TRIPSのシングル「ダイアナ」を購入、B面に収められた「BALLADに捧ぐ」を聴いてびっくり。この曲、イギリスのBALLAD2じゃないか!!と。

イギリスのカセットには、その後ソロ名義でリリースされることになるLOVE YOUなんかも収録されており、メロディメーカーとしての非凡さは持って生まれたものだったのかも。



このメジャーデビューあたりでスターダスト3年目~イギリス~KENZIのすべてが繋がったわけだが、スターダスト3年目を読んでいた頃からすでに5年は経過していたのだ。

その後バンドは解散しケンヂはソロとなるものの、ほどなくバンドを再結成、長きにわたり活動を続けたが、東京を離れ札幌に戻ることになる。しかしながらスマ・ロ子を当時のメンバーで再結成、八田ケンヂ名義でのソロ、KENZI& THE TRIPSと今でも札幌を拠点に精力的に全国展開の活動を続けているのは嬉しい限り。

同じ札幌に住む同じ歳のパンクロッカー、いつか街で見かけることがあるかもと思いながらもなかなかお目にかかることができずにいるが、同年代としてこれからも陰ながら応援したい一人である。

ちなみに最初のメジャーデビュー時のTRIPSのメンバー、上田ケンジとシンイチロウが札幌の山中さわおを呼び寄せて結成したのがthe pillows。上田ケンジは脱退したが、こちらも今でも活動を続ける札幌所縁の素晴らしいロックバンドだ。

他にも札幌から東京へ活動の拠点を移し活動を続けるパンクバンドといえばイースタンユース。メンバー吉村の死後活動が止まったままのブラッドサースティ・ブッチャーズも忘れちゃいけない札幌出身パンクバンドの一つ。


そしてこの2つのバンドと繋がりが深いのが怒髪天。

結成当初はハードコアパンクだった彼らが北海道で有名になりだした頃、ローカル番組に出演していた(だったのか、ライブ映像の紹介だったのかの記憶は曖昧)ボーカル増子さんの姿を見て、このバンドは聞かん方がいいなと。なんせ汚めの長髪にダブダブのジーンズ、そこに荒縄が巻かれ、確か上は毛皮で、腰にはヒョウタン。やばすぎの恰好ばかりに目がいき音の記憶が全くなし。僕の中でかなりの期間、怒髪天といえば腰にヒョウタンをぶらさげた長髪の人がボーカルのやばいバンドというイメージが定着していた。この頃の武勇伝(?)は増子さんの自伝「歩きつづけるかぎり」にたっぷりと書かれているので、興味を持たれた方はそちらを。


その彼らが上京してメジャーデビューするも一旦は活動を停止、その後インディーズとて再び活動を始めメジャー再デビュー果たした頃に彼らを再び知ることになる。
ジャパニーズロック&演歌のキャッチフレーズの彼らを目にしたときはその変貌ぶりに驚きつつも、これは聞いたらきっとハマるなと思えたものの、なぜかまたも敬遠。
3年ほど前に中古店で200円で売られていたアルバム「トーキョー・ロンリー・サムライマン」を手にしたのが運の尽き、その昔の予想通りはまりにはまり、CDからDVDを片っ端から集め出し、ライブにまで行く始末。

哀しさ、辛さ、優しさ、厳しさ、反骨精神、反体制、あるべき全てのモノが詰まったロックがここにある。少しだけ、いやかなりなユーモラスな部分は彼らなりの照れもありつつなのでは、ということで個人的にはご愛敬として許容の範疇。


また、ギターの上原子友康が札幌時代に勤めていた会社が僕の勤める会社だったということを知ったのも彼らにシンパシーを感じる一因なのかも。もしかしたら研修か何かですれ違ったこともあったかも…と考えたりしちゃうのもまた一興。

それにしても長髪、毛皮、ヒョウタンだった増子さんのルックスは、いつの間にかリーゼント、ワークシャツ、ブラックのスリムジーンズになり、普段着のセンスなんかはお手本にしたいほどにパンクなスタイリッシュさになるとは、全くもって想像なんてできやしなかったよなー。



さて、SLANGやTHE KNOCKERSらを始め札幌を拠点にして活動を続けるバンド、札幌所縁のバンドはまだまだ存在する。そう、札幌シティには今でもあの頃と同じように,パンクの、ロックの風が吹いている。