4畳半の子供部屋の天井にそいつは突然現れた。

3歳違いの兄が高校を卒業して家を離れるまでの間、4畳半の和室が僕たち兄弟に与えらた共同の子供部屋だった。当時、僕の周りに一人部屋を与えられていた奴なんてほとんどいなかったのでそれが極々普通だと思っていたのだが、中学、高校と多感な時期を3歳下の弟と一緒の部屋に押し込まれた兄はちょっと可哀そうでもあったんだなと、今となって兄の不満にも思いを寄せることがらできるのだが。

4畳半の子供部屋には大型のコンポーネントステレオと兄弟の机が2つ。当然寝るときは布団を2つ仲良く並べることになる。

あれは多分兄が中3で僕が小6の頃だったと思うが、兄側の天井に不気味なポスターが1枚貼られていることに気づいた。ホラー映画から飛び出してきたような4体のバケモノが血の色をバックに、一人は長い舌をだらりと垂らし両腕を振り上げており、その右下で寝ている僕に今にも襲い掛かってくる様子。心霊番組を見た後は一人でトイレにも行けなかった情けない小学生の少年にとって、電気が消された暗い部屋の天井にそんなものが現れたらそりゃあ恐怖以外の何物でもないってことは想像に難くないだろう。

すぐに兄にそのポスターをはがすよう訴えたが当然聞き入れてもらえず恐怖の夜を過ごす日々が続くことになる。

ほどなく4人のバケモノがKISSというロックバンドのメンバーだということを知る。天井に貼られたポスターは、兄が彼らのアルバム”ALIVE/地獄の狂獣”、”DESTROYER/地獄の軍団”のどちらかを買った際にレコード店で貰ってきたのだろう。兄がそれらのレコードを部屋に置かれたコーポネントステレオのターンテーブルに乗せる日々が続くうちに夜の恐怖も薄れていくことになる。

兄の影響を受け中学にあがる頃には自分も1974年にリリースされた彼らのファーストアルム”KISS/地獄からの使者”を手に入れている。


ピータークリスの気持ちの良いドラムで始まるオープニングナンバー”STRUTTER”から始まり、"NOTHIN’ TO LOSE","FIREHOUSE","COLD GIN","LET ME KNOW","KISSIN’ TIME","DEUCE","LOVE THEME FROM KISS","100,000YEARS","BLACK DIAMOND"までの全10曲、ほとんどのナンバーが現在に至るまで彼らのライブでよく演奏される重要なラインナップで占められている快作で、オーソドックスなロックンロールをベースにしながらもラウドな仕上がりとなっている。


このファーストは”UNMASKED/仮面の正体”まで続くKISSオリジナルメンバーのアルバムの中でも自分にとっては№1なのだが、リリース当時は全米チャートで最高84位に終わりセールス的には惨敗だったとのこと。日本では当初発売されてない(日本初リリースはサードアルバム)ことからもその容姿とは逆に世界的には注目度が低かったことが伺える。


また、B面1曲目の”KISSIN’ TIME”はリリース当初は収録されておらずアルバム発売後にシングル用として録音され、下位ではあったがシングルチャートに入ったことから後になってアルバムにも追加収録されたらしいが、すでに収録されたアルバムを手に入れることになった日本のファンにはこの曲が未収録のレコードは喉から手が出るほどの超貴重盤であるのだろう。


かなり気に入ったアルバムだったにも関らずその後彼らのアルバムを購入することがなかったのは、周りにKISSファンが多くいつでも彼らからレコードを借りることができたからだったかなとも思ったが、友人からKISSのアルバムを借りたのは”DYNASTY/地獄からの脱出”までなかった気がするので自分の記憶も信用はできない。


その”DYNASTY/地獄からの脱出”は名曲”ベス”をも凌ぐ大ヒット曲となった”I WAS MADE FOR LOVIN’ YOU”で始まる。ヒットしたとはいえ70年代後半に流行していたディスコスタイルを取り入れたこのオープニングナンバーからもわかるとおり、それまでの彼らのサウンドとは方向性が明らかに違ってきたことからコアなキッス・アーミーからはかなり不評を買ったようだ。とは言いつつアルバムは全米チャート9位まで上昇するという皮肉な結果に。

ピーター・クリスが自身のボーカル曲”DIRTY

LIVIN’”のボーカルトラックを録り終えた以降はレコーディングに参加しなかった等、バンドは危機的な状況にあったようで、ジーン・シモンズも「音楽的に焦点が絞られていない作品」と評している。反面そのバラエティさが僕には心地よく、先のファーストに次ぐお気に入りのアルバムとなっている。


ちなみに次のアルバム”UNMASKED/仮面の正体”のレコーディングにピーター・クリスは参加しないままアルバム発表一週間後には脱退がアナウンスされ、地獄からやって来た4人の使者は10年も経たないうちに1名の地獄からの脱出者を出すことになった。

前作に続きハード、ヘヴィな面が影を潜めたポップさが際立った作りになっているこのアルバムはセールス的にも振るわなかったのだが、僕はアメコミ風のジャケットとともに実は結構気に入っているのは熱心なキッスアーミー、ハードロックファンとは違う受け止め方なのだろう。


残念ながら仮面の正体以降の彼らのアルバムはサイコ・サーカスを除きどれも聞いたことがない。単純にそんな気分が続いているだけのことで、キッスは好きかと聞かれたら好きだと答えるし、地獄からの使者から仮面の正体までのアルバムは今でも僕を楽しい気分にさせてくれるロックチューンであることに変わりはない。

さて、キッスのポスターに恐れおののいた少年はいつしかキッス以上におどろおどろしいドクロマークのTシャツを好んで着るような大人になったわけだが、そんなおどろおどろしいものを毎日見せられた我が家の子供たちが、あの時の自分のように恐怖を覚えなかったのかと今になってから我に返る自分がなんだかなぁ・・・なのである。

最後に話はそれるが、地獄からの使者と地獄からの脱出の2枚のアルバムジャケットがウイズ・ザ・ビートルズのジャケットのオマージュではないかと思うのは僕の勘違いだろうか?