いやー先日のLEXT企画楽しかったな。
僕にしてはハイペースで呑んでしまった。結果大FEVER。
そりゃ優さんとカズさんに2人がかりでボロ雑巾の様に犯され 注意されるわなー。
しかし楽しかったから問題なし。
2010年8月26日、THE COMMiTTMENTSが早稲田ZONE‐Bにて活動を終えた。
僕にとって大切なバンドでした。
僕は稚拙な言葉や文章しか書けないしこのブログを見てる人なんているのかわからないけど彼らとの出会いから今に至るまでを書こうと思います。
2008年の9月、mixiで知り合ったトコロ君(現フジロック(仮)ドラム、ハ○センボンの○輪はるかではない)が当時やっていたバンドに入る事になって吉祥寺WARPでライブをやるというので見に行った。平日のブッキングだったと思う。
始まる少し前に会場に着き、まだ会ったことのないトコロ君を探していたら最初のバンドが始まった。
そのバンドはメンバー4人の体重の合計が200キログラムに満たないであろう非常にスリムな人達で構成されていた。
ギターの人は帽子を深々と被っていて顔がよく見えない。あまり見たことのないギターをあまり見たことのない動きでジャキジャキ弾いていた。
それに合わせてボーカルの人が小回りを利かせてピョンピョン跳ね回る。すごいテンション高い。なのに声がオザケンみたいで異常にPOPだった。
ベースの人は遠目に見ても判るほどの天然パーマネントで親近感を感じた。高音弦を多用してリードベースをカクカク鳴らす。
ドラムのフレッシュないとうせいこうみたいな人はスティックの持ち方がJAZZっぽかった。髪型がラモーンズカットかと思ったらそうでもなかった。
その時は初期パンクとファストコアを混ぜた感じのバンドだな~と適当な事を考えていた。全く予想だにしなかったいいバンドとの出会いに僕は純粋にアガる(でもその時はメンバーに話しかけたりとかは全くしなかった)。
それからしばらくして年末。その年もI HATE SMOKEからサンプラーVAが出ていたのでユニオンに買いに走った。
そしたらなんと参加バンドにTHE COMMiTTMENTSの名前が!!どうやらWIENNER等と既に対バンしているらしい。
そのコンピに入っていた曲はライブでのダンシングオールナイトファストポップチューンと違いハモリがとても素敵なギターポップだった。びっくり。
その頃からライブ会場でコミットメンツのメンバーをよく見かけるようになった(主にチサトさん)。しかし現在進行形で病的にシャイな僕は全く話しかける事なく冬が明けていった。
そして2009年4月。当時トコロ君がPOLODICK SHIRTでサポートドラムをやっていてWARPのコミットメンツ企画に出るというので当然行った。
終演後、勇気を振り絞って階段のところにいたアユ君に話しかけた。というかむこうから「今日は本当にどうも来てくれてありがとうございました...」とすごく低姿勢で話しかけてくれた気がする。僕は去年のブッキングを見た事やその時対バンしたトコロ君のバンドに入った事やそのバンドが解散した事とかを話した。ぶっちゃけアユ君が一番話せなさそうだと思っていたけど全然そんなことはなくいいひとだった。勢いづいた僕はそのあとの井の頭公園での打ち上げ兼花見にも参加しテルさんやチサトさんにも話しかけた。みんな優しかった。高山君とは...いつ話したか覚えてない。
その企画で買った三曲入りデモの内容もギターの音割れまくりのカッティングしまくりで素晴らしかった。当時一緒にスタジオに入っていた船橋君の分も買って行って彼にゴリ押しした。
それからは彼らのライブに頻繁に通った。メンバーともよく話すようになり、テルさんに時々言動を窘められながらも情報を交換し合った。
5月の川越ではアユ君と船橋君とヤブさんとで石造りの町並みを観光しに行った。アユ君はアニメが好きらしいので色々話した。でもその日はヤブさんがドラムを叩くときの衣装(野球帽、タレサン、CRIMPSHRINEシャツ、トランクスというスタイル。超さん曰く「しゃがんだ時普通にチンコ見えた。」)で町を歩いていたのがトラウマ 印象的過ぎた。
そんな中、7月のSENSATIONS企画にて高山脱退の報せ。なんで辞めたのかいまだによくわからないけど間違いなく何かが変わってしまうだろうから神妙な面持ちになる。まあ割とすぐ戻ってきて音速で再度脱退するんですがね。そんな彼とは今じゃDVD貸し借りしたり返してもらえなかったり箸の持ち方を注意される関係です。KINGONSとWELL WELLが演ったあとの焼け野原で三番手という無茶振りでしたがコミットメンツはコミットメンツでした。
そこで売っていたコンプリートデモは本当によく聴いた。何といってもあの日のブッキングで一曲目だったTHE POPがやっとCDで聴ける事を喜んだ。友達の車の中でも聴いた。
9月のFFEECO WOMAN企画では浦井Jr君がドラムだった。彼の着ていたLIFETIMEシャツは憶えているのに彼の演奏は憶えていない不思議。彼が4月のコミットメンツ企画でFEEBIESで叩いていた事に気がつくのには時間がかかった。テルさんがライブ中ローリングソバット(適当)をかます。
11月の高山再脱退ライブ(POLODICK SHIRTS企画)で初めてギターを弾くテルさん目撃。途中からギターのコントロール部分が全部外れてテレキャスがゾンビみたいになっていた。過去最高のテンションのライブだった。僕「今日のコミットメンツはハードコアでしたねー。」チサトさん「ちがうよ。」
12月の八王子わっしょいでは3ピースでの出演。何とアユ君がドラム。見事な顔芸を披露していた。最後のTHE POPはマジで何があったんですか?
年は明けて2010年1月、アペイジオブパンクの企画に出ると言うので見に行く。てっきりその日も3ピースでやると思っていたら新ドラマー加入との事。ジョンと言うらしい。しかも元SHINOBU。って外人じゃん!!意外な人選だったけどいざ会ってみたら完全に見た目日本人でした。そして見事に片言でした。しかし音楽の趣味が見事に共通。MEAT PUPPETS最高ですよね。ドラム普通にうめー。
4月の高円寺CLUB ROOTSは断言しても良い。コミットメンツを見に来た客は僕だけだったと思う。つまりアウェイ。でライブ終わった後入口で待っていたらテルさんから電話。「小野君ちょっと上の事務所まで来てくれる?」ビクンビクンしながら行ったらアユ君のサプライズお誕生日会。お呼ばれしてケーキを御馳走になってしまった。ディズ二―ランドのペアチケットをもらって感極まったアユ君が「俺もっとがんばろ!」と。僕はこの時はこのバンドは解散なんて縁のない人達だと思っていました。
そして6月。アユ君が働くONE'S DINNERというハンバーガー屋(!)でのライブ。ジョンが彼が務めている英会話教室の同僚を駅まで迎えに行くというのでろくに道も知らないのに案内する。迷う。最終的に外国人4人を感覚のみで道案内するという人生初の経験をする。結果ちょっとスタート遅れてしまいました。ごめんなさい。他のバンドもやればいいのに、と思う位楽しい企画でした。店長マイク持ち出すし。しかも歌うまい。
7月のWARPも行こうとしたらTHE COMMiTMENTSキャンセルとの事。それから程なくして解散のお知らせを聞く。急!!急すぎるよ!!「これから」をにおわせる活動をしていた矢先の180°方向転換。正直受け止めたくなかった。
最後のライブは演出がまさに解散するバンドのそれだった。前にアユ君に改造を頼んだギターを取りにいった時に工房で聴かせてくれた曲を最初にやっていた。ミスカウントを連発するジョン。チサトさんのお手製COMMiTMENTSシャツ。珍しくギター放り投げて踊り狂うテルさん。アユ君渾身のMC...僕は忘れません。終わってほしくはなかったけど、良い終わり方をしたと思う。
何というか、こんなに良い人達(バンド)の近くに居させて貰ったという事はもう想い出を通り越して財産です。そのバンドが終わってしまうのだから悲しくない訳がない。寂しくない訳がない。付き合いがなくなる訳ではないけど少なくとも「COMMiTMENTSの想い出」はもう作る事が出来ない。世の中全体でいったらたいしてシリアスな事ではないと思うけれど確実に一部の人達の心にスキマが出来る。それは世界と比べるものではないんです。
だからこそ大事な事もどうでもいい事も等しく忘れてしまう僕だけど彼等と彼等の音楽はしっかり心に留めておかなければ。そしてもう見れないCOMMiTMENTSの「これから」はメンバー4人それぞれの「これから」になるのでしょう。うん、ポジティブになろう。きっと続いていくから。
あのライブに来ていた人達が一人でも多くCOMMiTMENTSのスキマをずっと埋めずに残しておいたらいいなと思います。テルさん、アユ君、チサトさん、ジョン君お疲れ様!!
という訳で遅すぎたとは思いますが、THE COMMiTMENTSのmixiコミュニティーをつくらせていただきました。http://mixi.jp/view_community.pl?id=5214496
よかったら参加お願いします。気温が夏夏してますねー。奥田民生の股旅が良過ぎる。はいっ。