最後の更新から何年経ってしまったでしょう。
iPhoneを買い替えた際にアメブロのアプリをあえて消してしまったことで、より更新しなくなってしまいました。
アプリをあえて消したのには訳がありまして、
3年前に従妹を難病で亡くし、その時の感情を忘れないように、記事にしようと途中まで書いていたのですが、あまりの辛さに書き続けることができず、今もアプリ内に保存されています。
多分今後も続きを書くことはできないでしょう。
アメブロを開くたびに続きを書くべきか、他の記事を書いて良いものか悩んでいる間に、3年ほどたち、傷は癒えることなく従妹の家族や私達に未だ残り続けています。
そんな気持ちになりたくない思いでアプリを消してしまいました。
更に社会人になり読書の機会が減ってしまったことで、読んだ本の管理は読書メーターのみでいいかなと言う結論にいたり、更新が止まってしまいました。
そんな状況で、またブログを書こうと思い立つ、一冊の本に出会いました。
前から話題になっていたのは知っていました。
題名で、病気で死んでしまうのは分かっていたし、作者自身も難病で発刊前に病状が悪化し亡くなられてるのを書店のポップで知りました。
極力手に取りたくなかったのですが、表紙が大好きなイラストレーターloundrawさん…
お涙頂戴なポップであまり手に取りたくなかったのですが、つい手に取ってしまいました。
難病患者の葛藤が生々しく書かれていて、やっぱり従妹に重ねてしまい、とてもつらかったです。
でも、主人公は20歳までは健康な体で生きてこれたからこそ、残りの10年を全力で生きることができたのだと思う。
太字で書かれている心情がなかなか悲し過ぎて、誰にも言えない本心が書かれているので、胸にグサグサ刺さりました。
当事者だからこそ書けるものだと思います。
従妹は最後まで弱音も吐かず笑顔でいたから、きっと従妹にも主人公茉莉のように吐き出せるところがあったのだ思います。
(従弟曰く、愚痴や不満などを呟く自分だけのTwitterアカウントがあったらしい)
著書にもどり。
途中で茉莉の心情を入れたり、和人の心情を入れたりすることで、作品に厚みが出てより一層辛くなりました。
また、健康な人間が何気なく行ったこと、相手のためと思って言ったことが、とても失礼だったり、気遣っているつもりが逆効果だったり。
当事者でしか感じられない場面がたくさんあって、それが余計に生々しさを産み、従妹と関わっていた私は彼女を傷つけていなかったか、今更遅い後悔をしています。
作中にも出てきますが、余命を知っていることがいい事なのか、否か。
私はいいことだと思う。
残された時間でやり残したことが無いように行動できるし(体が動けば)、周囲とのお別れの期間を設けることができるから。
個人的な趣向として、葬儀に和人が茉莉に会うところで、私だったら見て欲しくないと思ってしまいました。
きれいなままの記憶でいてほしい。
そう願ってしまうのはエゴなのかもしれない。
でも、和人の立場であれば最後にひと目会いたいと私も思ってしまう。
だから二人はこれでよかったんだろうと思います。
亡くなった人の意思を汲むことも大切だけど、これからも生きていく人に後悔がないことが大事だと思うから。
私はこの作品を恋愛小説としては読めませんでした。
一人の人生として捉えてしまって、作者の思惑とは違う感想を持ってしまうとおもうけど、それでもいい作品でした。
もう一作あるようなので、読んでみたいと思います。
相変わらずの拙い文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。
では、またいつか更新する日まで。