ちょむのブログ

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3年間のことを思い出しています。
高校生活は、部活に入り浸りました。
毎日。朝8時から夜9時まで部室に缶詰。
平日休日祝日関係なし。休みは夏休み3日間と年末年始4日間の計1週間。
よく頑張ったと思います。
高校の部活を書くのはきっとこれが最初で最期。長くなります。

私はそもそも、中学でなんで吹奏楽部に入ったのか未だに分かりません。ただ聞いたことのない楽器の音と歌詞が付いていない音楽に圧倒されたのは覚えています。

そのまま中学で部長やって、高校では副部長やって。キツかった〜笑

高校2年の冬から副部長に就任して、アンサンブルで全国大会。そのあと定期演奏会。で、最期のコンクール。

去年に引き続き全国大会金賞を狙っていたけれど、銀賞でした。悔しい、今でも悔しい。

でも私は副部長をやっていて、いろいろな問題解決に走っていました。理不尽な指導。指示。無駄に怒られることも多々。挙げ句の果てには先生だけでなく講師にまで意見される立場に。正直嫌な思い出8割5分。ほとんど毎日泣いて帰っては遅くにご飯食べて。次の日の授業にも集中できなくてまたその日も缶詰…。

そんな生活を358日。よくやったもんだ。

ノイローゼ気味の私を救ってくれたのは
仲間と家族と楽器でした。

私は最初信頼されていませんでした。
1年生の時に、部則を犯してしまったから。何とか立て直したけれど、仲間の中にどうしてもこびりついているのはきっと私が部則を犯したときのこと。これはずっと私を苦しめました。罪滅ぼしのためだけにがむしゃらに仕事をしました。体は何度もボロボロになりました。でも、笑顔で。笑って、笑って。辛いなんて口が裂けても言えないから。

そんな時仲間がかけてくれた言葉は
「◯◯(私)が副部長でよかった。」
「無理して笑わなくていいんだよ。」
「過去のことなんてだれも気にしてない。今それ以上のことをしてくれているんだから。」「音楽を、楽しもうよ。」の声。

信頼されていなかった。は、私が勝手に思い込んでいたこと。ちゃんと仲間は見ていてくれました。ありがとう。


家族。特に母には本当に感謝してもしきれません。どれほど迷惑をかけたことか。ごめんね。本当にごめん。

毎日9時に帰ってきては愚痴をこぼす毎日。うんざりした顔もひとつしないでご飯を温めてくれました。泣いた時は何も聞かないでそばにいてくれました。いっぱいいっぱいの時も私が笑顔を忘れないで仲間と接することができたのは母のおかげです。

母は、私の音を「琥珀みたいだ」って言ってくれました。命が吹き込まれてるって。でもこれは紛れもなく母が私に愛を注いでくれた分の音です。自分の気持ちを削ってまで、私に手をかけてくれた分の音。

いつもいつもありがとう。本当にありがとう。


そして、私の相棒。
2人でいろいろなステージに乗りました。
キラキラな私の相棒はいつも私に元気をくれました。ソロ曲を吹いた後、目に涙を浮かべて話しかけてくれた人。握手してくださいって言ってくれた中学生。よかったよって言ってくださった先生方。このような方々がいるのはみんな相棒のおかげ。いい相棒に巡り会えた。ありがとうこれからもよろしくね。


悔しい思いも、煮え切らない思いもしてきたけれど、私は本当に幸せでした。1割5分の幸せが、私を支えてくれました。たかが部活と思われるかも知れないけれど、魂を込めればそれは特別なものになるのです。


集団の中でもひとりひとりかんがえていること、思っていることは全く違います。だから、その人たちひとりひとりの意見を自分の考えるように捻じ曲げるのではなくて、耳を傾けられるような、そんな人間に、この部活は成長させてくれたと思います。

感謝の3年間でした。

もう部活のことは書きません。
部活が嫌いだったからではありません。大好きでした。だれから何を言われようと、大好きでした。だからこそ。

過去の栄光にすがっている暇はありません。私は新たな道を歩んでいくから。

ありがとう吹奏楽部。
もう思い返すことはありません。
幸せでした。