今年はタイ国王在位60周年と言うことで

記念式典が行われることになっており

日本からも天皇皇后両陛下がお見えになるとのこと。

それが今週末にあるということで

バンコク市内は盛り上がりを見せている。


その1つが黄色いTシャツとポロシャツ。

タイでは誕生日にこだわる風習があるが

曜日ごとに色が決められており

国王のお生まれになった月曜日のカラーでもある

黄色のシャツが飛ぶように売れているとのことだ。

このシャツには、

ラオラックナイルアン(我々は国王を敬愛する

書かれている。

国王への忠誠心にあふれている?タイ国民らしい。

オフィシャルのものとそうでないものがあるようだが

だいたい200B前後で買えるらしい。

しかし、式典が近づくにつれ

商品が足りないのか、はたまた便乗値上げなのか

600Bにもなっていると言う。

国王もお嘆きになられるのではないだろうか……


さて、バンコクでは日に日に

このシャツを身に着けている市民が増えているのだが

チェンライを始めとした地方はどうなのだろう?

9日は臨時の祝日となり

12,13日もバンコクと近隣4県

(サムットプラカン、ノンタブリ、パトゥムタニ、ナコンパトム)の

公的機関が臨時休日に指定されるなど

市民生活にも影響を及ぼす。

交通事情に関してはこちら を参考に。

いくつかの道路で通行止め、船の運航も限定される。

式典に関する報道を見ると

バンコク周辺ばかりなのだが

地方はどうなのだろう?と少し気になっている。


いずれにせよ、タイ王国、タイ国民にとっては

重要な式典であることに変わりはなく

今からその雰囲気を味わえることをうれしいと思う。

日本では海外でのロングステイというのがもてはやされているらしい。

老後を物価の安い海外で過ごす方が、

日本で過ごすよりもより快適に過ごせる

ということになっているようだ。


格差社会なんて言葉が出てくるように

資産格差も広がっている。

また年金制度の破綻により

年金収入はあてにできず

物価の高い日本での生活を

諦めざるをえないケースもあるようだ。

(書いていて自分の将来がさらに不安になってきた……)


その限られた資産で

いかに快適に老後を過ごすか

ということで脚光を浴びたのが

物価の安い海外でのロングステイなのだ。


そこで注目された国々の一つがタイ。

適度な気候と物価の安さが日本人に合うのだろうか?

特にチェンマイは日本のメディアでも度々取り上げられ

ここ数年、急速に在住者が増えているらしい。

タイ政府としても、観光収入以外の外貨獲得策として

積極的に促進しており

数年前から50歳以上の外国人に対して

長期滞在ビザの取得条件を緩和している。


このように日本タイともにニーズが一致しているはずの

ロングステイなのだが

実際には問題が山積している。

これはビジネス目的の業者などが

当初からマイナス面を伝えないことに原因の一つはあると思う。


ロングステイの実情と発生する諸問題、

なぜそのような問題が生じるのか

そしてその解決策はないのか?

そんなことをPart2以降、書いていければと思う。

今日は1日妄想にふけっていた。

色々な考えが浮かんでは消えていく。

浮かぶのはいいのだが、

実現性を考えると

事実上困難なものばかり。


それでも前向きな考えができるようになっただけ

前進しているだろう。

あとは自分で決めるだけだ。


夜になって少し明るい話が入ってきた。

前向きに考えれば幸運も呼び込める





かもしれない。。。。。。

1日夕方頃からAISの電話が繋がりにくくなっているらしい。

タイの携帯会社は数々のプロモーションを出しており

しょっちゅう料金体系も変わるのでよくわからないのだが

最近発表したプロモーションのせいで

利用者が急激に増えたのが原因らしい。


そんな私はAISではなくDTACを利用しているのだが

かけてくる相手がAISを利用していれば

繋がらないことに変わりはない。


私自身、ここ数日は電話をかけるような用事はないのだが

何人かの友人から

「電話が繋がらない」という連絡があった。

友人の1人は急ぎの用事だったらしく

「重要なときに捕まらないのだから」とこぼしているようだが

あの時間、携帯を切っていました。ごめんなさい……

そろそろワールドカップがドイツで始まる。

ワールドカップは4年に1度のイベントだ。

ということは前回は4年前に開催されていたことになる。


4年前はタイの地方都市に住んでいた。

ちょうど4年前の今ごろから迷走が始まった気がする。

数ヵ月後から1年近く、かなり精神的につらい時期だった。

ある程度落ち着いてから、バンコクに舞い戻ってきたわけだが

いまだに迷路に迷い込んでいる気がしてならない。


タイ語に関して言えば

4年前の3月頃が一番タイ語を理解していたような気がする。

もちろん、現実的には現在の方が実力は付いていると思うのだが

あの頃は怖いもの知らずと言うか

特に読むことに関しては、かなり難しいレベルのタイ語でも

わかったような気になっていた。

実際には翻訳などさせてみるとボロが出る程度だったと思うが

あの頃が最もタイ語を読むことできた時期だったような気がしてならない。


ワールドカップに関する報道が増えるにつれて

あまり思い出したくない4年前の記憶が蘇ってきている。