初めてビエンチャンに行ったのは96年8月。
現在、日本人はノービザで15日滞在することが可能。
しかし当時はビザが必要なうえ
取得するのに時間がかかっていた。
夜行列車でノーンカイへ。
早朝到着後、旅行人の情報に出ていた代理店に行き、
ビザの手配を依頼した。
代理店が貸してくれた自転車でノーンカイをふらついていると
11時ころパスポートが戻ってきた。
それから国境に向かい、
ビエンチャンの宿には13時前後に到着した記憶がある。
そのときの宿泊先がここ華国酒店。
「地球の歩き方」からはすでに削除されているが
まだ経営しているのだろうか?
設備は決してよくなかったが、
当時外国人を泊める宿は、今とは比べ物にならないくらい少なかった。
向かいにあった何度か食事していたPVOというレストランは川沿いに移転。
ちょっとわかりにくいが、
茶色の屋根の上にある看板がスカンジナビアベーカリー。
外国人が食べるようなパンを売っている店は多くなく
数少ないこの店はいつも白人旅行者であふれていた。
私も朝か昼のどちらかはここでパンを買って部屋で食べていた。
こちらも「地球の歩き方」には掲載されておらず
別の店名になっている。
もしかしたら看板だけ残っているのかな?
タラートサオモール。
いつのまにかタラートサオにこのような建物ができていた。
中はMBKを小型したような店ばかりだ。
3階にはクーポン食堂まである。
恐ろしい勢いで変わっているビエンチャンである。
ビエンチャン以上にルアンパバンは変わってしまったそうだ。
96年のこのとき、ルアンパバンに行こうとチケットを買っていたが
前日急に行くのが億劫になりキャンセルしてしまった。
初ルアンパバンは99年6月。
今ほど旅行者が多くなかっただろうが
96年に行っておけば………と少し悔いが残っている。
人生に限らず、旅でもタイミングというものは大事だ思う。
現在、日本人はノービザで15日滞在することが可能。
しかし当時はビザが必要なうえ
取得するのに時間がかかっていた。
夜行列車でノーンカイへ。
早朝到着後、旅行人の情報に出ていた代理店に行き、
ビザの手配を依頼した。
代理店が貸してくれた自転車でノーンカイをふらついていると
11時ころパスポートが戻ってきた。
それから国境に向かい、
ビエンチャンの宿には13時前後に到着した記憶がある。
そのときの宿泊先がここ華国酒店。
「地球の歩き方」からはすでに削除されているが
まだ経営しているのだろうか?
設備は決してよくなかったが、
当時外国人を泊める宿は、今とは比べ物にならないくらい少なかった。
向かいにあった何度か食事していたPVOというレストランは川沿いに移転。
ちょっとわかりにくいが、
茶色の屋根の上にある看板がスカンジナビアベーカリー。
外国人が食べるようなパンを売っている店は多くなく
数少ないこの店はいつも白人旅行者であふれていた。
私も朝か昼のどちらかはここでパンを買って部屋で食べていた。
こちらも「地球の歩き方」には掲載されておらず
別の店名になっている。
もしかしたら看板だけ残っているのかな?
タラートサオモール。
いつのまにかタラートサオにこのような建物ができていた。
中はMBKを小型したような店ばかりだ。
3階にはクーポン食堂まである。
恐ろしい勢いで変わっているビエンチャンである。
ビエンチャン以上にルアンパバンは変わってしまったそうだ。
96年のこのとき、ルアンパバンに行こうとチケットを買っていたが
前日急に行くのが億劫になりキャンセルしてしまった。
初ルアンパバンは99年6月。
今ほど旅行者が多くなかっただろうが
96年に行っておけば………と少し悔いが残っている。
人生に限らず、旅でもタイミングというものは大事だ思う。


