最近、なぜかラオスに縁がある。

別に出張などで行く予定はないのだが

ラオスやイサーンの話が話題に出てくることが多い。


自分自身も2回ほど、

バンコク近郊で食べたフランスパンの話を

ブログで書いているので、

フランスパンの思い出ということで昔を振り返る。


初めてカンボジアに行ったのは94年9月。

1週間ちょっとの夏季休暇を利用して

アンコールワットを見に行こうと思ったのだ。

このときの旅行の話はいずれまたということで、

カンボジアの食事だ。

プノンペンに着いた日に泊まったのは

かの有名なキャピタールGH

今でもあると思うが、当時からバックパッカーの間では有名な安宿。

とりあえず、荷物を置いて外をふらつこうと思ったら

雨季真っ盛りということで、凄まじいスコール。

宿の下にあるレストランに閉じ込められた。

そこで何を注文したのか覚えていないが

とにかく劇的にまずかった、

ことだけは覚えている。


これから1週間、何を食べればいいのだ?ガーン


真剣に思った……


結局、シエムリアプ(アンコール観光拠点の町)に飛び、

ある安宿に泊まり、そこでは1ドル程度で出された夕食は

十分食べられるものであり、とりあえず飢え死に恐怖は去った。


この宿、さすがに現在はやっていないと思うが

当時は食堂というか、宿泊客の共有スペースに

パンやらジャムやら置いてあり

自分が食べただけ、ノートにつけておき

チェックアウト時に清算するという

今では考えにくいシステムをとっていた。


とりあえず、フランスパンが置いてあるので

ジャムかバターをつけて

それとコーヒーか紅茶というのが

夕食以外の食事となった。

特に美味しいとは思わなかったが

あのキャピタールGHで食べた食事がまずかっただけに

非常に助かったと記憶だけが残っている。


そしてシエムリアプを去る日がやってきた。

今ではごく普通のルートであろうが

当時はあまり発達していないボートで

プノンペンに戻ることになっていた。

宿の従業員が船着場まで送って行ってくれることになっている。

身支度を整え、いざ出発しようとすると

宿の奥さんがフランスパンをいくつか持たせてくれた。

「移動中に食べなさい」と言っているように聞こえた。


トンレサップ湖を横断するボートは

今はどうか知らないが、当時はボロボロのボートで

少なくとも旅行者向けのものではなく

外国人乗客は私だけ。

スピードも遅く、とにかく揺れた。

食欲なんかありゃしない。


ボートは途中で小型のものに乗り換え、

すぐに上陸して、そこからはピックアップという

軟弱パッカーの私にはちょっとハードな移動。

移動中、腹は減っているのだが

何も食べる気力がない……

さすがにピックアップに乗ってから最初の休憩時に

朝もらったフランスパンを口にする。


うめー(=⌒▽⌒=)


素直にそう思った。

その後、ラオスでフランスパンのサンドイッチなども食しているが

このときのフランスパンほど美味しいものはなかった。


だから、私にとってのフランスパンは

サンドイッチではなく、

ただのフランスパンなのである。