注:この記事は2018年10月14日に掲載された自分のgooブログの記事を再掲しております。
「あ、当たらない……!」
武骨な合成樹脂製の操縦桿を握りながら、少女は苦しげなつぶやきを漏らす。
彼女のいる空間は狭く、暗かった。
簡易ながらも少女の身長や体型に調整されている座席は、座り心地は悪いものではないが、長時間座っているにはあまりにも無理があるものだ。
そして彼女が一心にその視線を注いでいる先には、様々な計器類の他に、モニター越しに見える平原の風景。
その抜けるような青空を背景にして広がる緑の平原には、一つの、不格好な何者かの姿が映し出されていた。
それはまるで二本足で立った足の長い鳥のような、黒く、また金属的な輝きを持つ姿をしていた。
いや、鳥というよりは、もっと不恰好で、まるでオモチャとも呼べるような滑稽さがあった。
それを少女は知っていた。
“オストリッチ”。
それがその奇妙な形をしたものの名前だった。
その全高は5m程度で、その体を構成しているのは軽合金製の装甲と、そして様々な合成樹脂だ。
それは“アクト・モビル”と呼ばれる機械の一つだった。
アクト・モビル。
全高5mから大きなものでは20mを超える作業用の機動作業機械。
その用途は様々だが、多くは貨物運搬や建設土木作業などに従事している。
しかし容易に武装を施すことも可能なことから、中にはビーム兵器やアクト・モビル用の作業用手斧などを装備し、簡易兵器として使用しているものも少なくない。
もちろんそれは治安の悪化を招く原因ともなりえるもので、対抗措置として、同様に武装したアクト・モビルで警備する組織も存在する。
そんな中で起こりうる散発的な戦闘。
それは今まさに、ここで起こっていることに他ならなかった。
戦って勝つ。ただ、それだけだ。
『お嬢、もっと足を使え!』
少女の耳元にセットしてあるマイク兼スピーカーを兼ねたヘッドセットより、男性の力強い声が響く。
しかし少女は、
「そんなことわかっています! それにお嬢というのは! キャッ!」
少女の抗議にも似た声は軽い衝撃音と甲高い悲鳴とともに途絶える。
彼女のいる空間のすぐ外で何かが命中したのだ。
「お嬢様、敵至近弾命中です! 外部損傷軽微。戦闘継続可能です!」
彼女のすぐ前の方より声が響く。
よく見ると、そこにも小さい座席が用意されており、少女のいる空間同様、座席と操縦桿、各種計器類とモニターが用意され、そこに丸メガネをかけた1mたらずの子猫にも似た生物が座っている。
この子猫にも似た生物はヴァルナ―と呼ばれる人種だ。
元々は行商などを生業とする人懐こい人種で、そのためこの世界各地で多く見受けることができる。
ヴァルナ―の声を受け、
「わかったわ、ピチュア。姿勢制御できて?」
少女は口早に指示を出す。その言葉にピチュアと呼ばれたヴァルナ―は、
「はい、もうやっています。反重力装置動作確認。正常に作動できます」
その声とともに、少女たちのいる空間がやや平衡を取り戻す。
そしてさらに軽い振動。
今まさに、少女たちのいる空間が、どこかに向け疾走しているのだ!
『お嬢、大丈夫か?』
ヘッドセットより再び先ほどの男性の声が響く。少し心配そうな声だ。
「大丈夫よ。それより敵は?」
少女は気丈に答える。その声に男性は、
『すでに逃げの算段に入っているのかもしれんが、逃がしはしないよ。俺がしとめる! お嬢は援護してくれ!』
男性の手短な声と指示。
お嬢と呼ばれた少女も手短に答える。
「わかったわ。でも、そのお嬢と言うのはやめて!」
口をとがらせての抗議。
だが、ヘッドセット越しに聞えた男性の声には笑いが滲んでいた。
『冗談が言えるんなら大丈夫そうだな。じゃぁ、行くぜ!』
男性の力強い声。
しかし少女は心の中で、
『冗談なんかじゃないわよ……本気で言ってるんだから……』
そう毒づきながらも操縦桿を握る手に力を込める。
彼女のいる空間にはその動きに合わせ、急激なGが発生する。
先ほどまでの振動はさらに激しくなり、そして飛び跳ね、それは少女たちの体を激しく揺さぶる。
座席に備え付けてあるシートベルトで体を抑えているとはいえ、その衝撃は少女の体を激しく揺さぶり、長くカールした髪やまだそれほど豊かとはいえない胸を激しく揺さぶる。
だが少女の視線は、モニターに映し出されているオストリッチの後姿を捉えて離さない。
それは、今まさに彼女の前を疾駆している。
少女は操縦桿を握る手にさらに力を込め、そしてそれを右に倒す。
すると彼女のいる空間は右に激しく揺れ、まるで、なにか飛び跳ねたような感覚すら覚える。
少女の髪がふっと浮き上がり、そして次の瞬間、激しい振動と共にまた下りる。
彼女のいる空間がジャンプしたのだ。
そして、モニター越しに移っていたオストリッチの姿は、後姿ではなく、正面から捉えたものになっていた。
「もう逃がさないわ!」
少女は叫ぶ!
その声に応えるように、
『よし、そのまま奴の動きを邪魔してくれ。俺もすぐに追いつく!』
ヘッドセットから先ほどの男性の声が響く。
モニター越しのオストリッチは、少女がいるであろう何者かの姿を目の前にして、その動きを止める。
そこには躊躇や戸惑いが感じられた。
オストリッチの機体前部に設置されているビームバルカンが少女のいる何者かに向け、狙いを定める。
だが、その銃口からビームが発せられる前に、オストリッチの横腹を、何者かの巨大な拳が殴りつけた。
激しく横転するオストリッチ!
そして、少女が注視するモニターには、もう一機のアクト・モビルの姿が現れた。
それは全高10mに達しようかという威容を誇っている、赤褐色の機体だった。
人を模した姿をしているが、どうにも無骨な外観は、人というよりも機械やロボットのそれだ。
両肩は大きく突出し、その間に小さな頭部がある。
腕部は先端が大きくなった形で、まるで野獣のような感慨さえ抱かせる。
足はやや長く、その姿は俊敏さを感じさせる。
そのアクト・モビルは、高速移動で定評がある機体だった。
“ブールタック”。
最新式の高速移動型アクト・モビル。
この世界、オルタナス銀河の半分を版図に治める星間国家、ダルシア銀河帝国にある有数の総合企業、オルバン・ダイン社が開発したアクト・モビルだ。
この機体の前身には“コーカサック”と呼ばれる機体が存在するが、コーカサックが作業用だとすれば、ブールタックはやや戦闘用ともいえる性能を誇っている。
高い走破性に加え、優秀な格闘戦能力と射撃戦能力は一般的な兵器としてみても見劣りするものではなく、前線の兵士にも歓迎されている。
だが、最新式ゆえに値段も高く、必ずしもポピュラーな機体とは呼べない機種でもあった。
それが今ここで、戦いを演じている。
横倒しにされたオストリッチは、二本の足を器用に動かし、懸命に姿勢を立て直そうと務めていた。
しかし、そこにさらに蹴りを加えるブールタック。
その一撃はオストリッチの右足をへし折り、その戦闘能力を確実に奪う。
さらに胴に一撃。
オストリッチは激しく地面を転がり、そして、その動きを永遠に停止させた。
「おい、まだ生きてるんだろ? 生きてるんならハッチを開けて出てこい。 もちろん両手は頭の上にやってだ」
ブールタックから、外部スピーカーを通じて男性の声が響く。
その声に応じて、オストリッチにも動きがあった。
機体上部にある小さな手動ハッチが開けられ、そこから一人のパイロットスーツを着た人影が現れた。
両手を頭の上にやり、抵抗するそぶりは見せない。
「ピーノ、お前が奴を捕縛しろ」
男性の声に応えて、ブールタックの後ろに控えていたもう一機のアクト・モビルから一人の男性が降り立ち、オストリッチのパイロットの身柄を拘束する。
「オッケーっすよ! ディーノの兄貴!」
ピーノと呼ばれた青年は、パイロットの拘束をすますと、大声でブールタックに声をかける。
するとブールタックにも動きがあり、
「よしわかった。今からそこに降りる」
外部スピーカーから声が聞こえてからしばらくたつと、ブールタック胴体のハッチが開き、一人の直立した獣のような人物が姿を現す。
それは獣人族ガンバント人だった。
ガンバント人は、男性であれば直立した大柄な獣、女性であれば尻尾や獣耳が生えた肉感的な美女で、このオルタナス銀河各地で見受けられる人種だ。
また肉体的にも頑強かつ優れているので、スポーツ選手や肉体労働者、テストパイロットなどの体を使った仕事に従事していることが多い。
そのディーノと呼ばれたガンバント人の男性は、ブールタックから降りると、捕虜となったオストリッチのパイロットのもとに歩みを進めた。
それを見ていた少女は、ふとピチュアに声をかける。
「私たちも出ていって大丈夫かしら?」
その問いにピチュアは、
「はい。ディーノさんもああやってブールタックから出ているし、周囲に敵影もないようですし、大丈夫じゃないんでしょうか?」
そう言うと、ちょっとずり落ちたメガネをちょこんと直すピチュアと呼ばれるヴァルナ―。
少女はその声に、
「じゃあ、ピチュア。周囲の警戒よろしくね☆」
そう言って、彼女の頭上にあるハッチを開け、今までいた暗く狭い空間より外に出る。
彼女のいた空間。
それもまたオストリッチの中だったのだ。
彼女もまた、敵同様オストリッチに乗り、戦っていたのだ。青空に青く映える機体にだ。
全高5mのオストリッチは、今足を曲げ降着姿勢をとり、2mの高さにまでその全高を下げている。
ハッチから出た少女は機体装甲に設置されている手すりを伝い地面に降りる。
そして、ディーノ達のところに歩みを寄せた。
少女の姿を見て、ピーノと呼ばれた青年は、
「お嬢様、さっき攻撃が当たったようですが、大丈夫でしたか?」
やや心配そうに、だが、決して重くない口調で言葉をかける。
「ただの至近弾よ。それより、これはどういうこと?」
少女は捕虜となったパイロットに視線を移す。
だが、パイロットはすでにディーノと話をしており、あらましはディーノに聞けばわかることだった。
「……というわけで、俺は斥候として派遣されたんだ……」
「で、俺たちに見つかったんで、やむなく戦闘に突入、か」
「まぁ、そういうことだ」
言葉少なめに応えるパイロットに、ディーノはやれやれという表情を浮かべると、質問を変えた。
「で、誰の差し金だ? まさかお前たちのような野盗まがいの連中が、さしたる情報もなしにブールタックに襲い掛かるような真似はしないだろ? 裏にいる奴の名前を言え」
ディーノは詰問口調で問いただす。
その言葉にパイロットは一瞬息を飲み、頭を垂れ、そして観念したような沈んだ顔で、
「……ヴァルダークだよ……あの旦那が今回の元締めだ」
そう言うと力なくうなだれる。
だが、ディーノはその名前を聞くと、
「ヴァルダークか……厄介な奴が後ろについてるな……」
そう独りごちる。
その顔は、心底嫌そうな表情だった。
「ヴァルダークって誰?」
少女はディーノの顔を見上げながら問いかける。
身長150cm半ばの少女と、190cmを超えるディーノでは、まるで大人と子供ほどの身長差がある。
まるで細面のオオカミを思わせるディーノの横顔は、獣面とはいえ、決して粗野な野蛮さは感じられず、むしろシャープな精悍さすら感じさせる趣がある。
体も引き締まり、その表情からすでに中年を迎えているであろうディーノだが、決して中年特有の格好の悪さを感じさせない若々しさがあった。
一方少女は、ブランドものだろうが、ちょっとだぶついたパイロットスーツに身を包み、その外観は十代後半の年相応の可愛らしさを感じさせた。
顔も小ぶりで瞳が大きく、そして整えられた前髪とカールした長いもみあげ、そしてセミロングの髪は濃い藍色の輝きを放ち、白と緑を基調としたパイロットスーツにも映えるものだ。
一見あどけなさが残る少女だが、だがディーノを見る眼差しには、別の何かがあった。

しかしそんなことにも気づかずにディーノは、
「前から俺たち運び屋の間では有名な奴さ。依頼を達成するため、勝つためになら手段を選ばない、そんな下種な奴だよ」
ディーノは唾を吐き捨てるようにその言葉を吐き捨てる。
余程嫌な奴なのだろうというのはわかったが、少女はそんなことよりももう一つ気になることがあった。
「このパイロットさん、どうするの?」
少女は小首を傾げて問う。
それもそうだ。このままここに縛って置いておけば、遅かれ早かれ餓死か獣のエサだ。
「そうだな……とりあえずどうしたいか本人に聞いておくか」
そう言うとディーノはパイロットに向き直り、
「これからどうしたい?」
パイロットは小さな声で応える。
「……俺は、生かしてくれるんなら……一味から抜けたい……」
「ほう? それはどうしてだ?」
ディーノが問いただすと、パイロットは答えた。
このままもし帰ったとしても、任務を達成できなかったこと、そして貴重な機体を失ったことによって、ヴァルダークの叱責は免れない。
そして、元々仲間を大事にしないヴァルダークのことだ。よくても満足な機体も与えられずに最前線に立たされるか、最悪その場で射殺もありうる。
それならこの場から、一か八かでもいいから逃げ出して、彼らの手の及ばない場所で暮らしたい。
「確かにな……奴ならやりそうなことだ……」
ディーノはそう言うと、しばし考えを巡らせる。
そしてパイロットを拘束しているロープにナイフで傷をつけ、発煙筒と幾日分の携帯食を足元に置くと、
「俺たちは先を急ぐんで、お前のことは自分でやってくれ。とりあえず通信機やその他の連絡手段は取り上げさせてもらうが、発煙筒は置いておいた。なに、お前を縛っているロープは小一時間抜け出す努力をすれば切れるだろうよ。運が良ければ、発煙筒に気付いた誰かに拾われるだろう。その後は自分で考えな」
そう言うと、パイロットに背を向ける。
少女もピーノもそれに続き、彼らはその場を後にした。
その後、そのパイロットがどうなったのかはわからない。
だが、上手く助かってくれれば。
そんなことを少女は思っていた。
平原を行く彼らの頭上を、太陽が徐々に過ぎていく。
風はそよぎ、先ほどの戦闘のことなどまるで感じさせない穏やかさが感じられた。
しばし静かな時間が、彼らを包んだ。
それから数時間後、すでに日も西に沈みかけた暮れゆく平原の中、彼らは今夜の野営をすべく、各機体を車座にして待機させ、そして食事の準備に入っていた。
食事の準備は、ピーノと呼ばれた青年とピチュアの役割らしく、せわしなく動いている。
その間、少女は自分のオストリッチの中で周囲の警戒に当たっていた。
今日は幸いダメージを受けなかったが、万が一あれが直撃弾だったらと思うと、背筋が寒くなる思いがした。
そんな彼女の様子を察したようにヘッドセットから声が聞こえた。
『お嬢、そんなに気にするな。生きてるんだ』
ディーノの物静かな声。
でも……
少女は少し思う。
しかしディーノの言葉は終わらなかった。
『もうすぐで飯の支度もできる。ここはピチュアと交代して飯を食いにこい。俺も話があるしな』
不意の言葉に少女は少し思いを巡らせるが、
「うん。わかった……」
それだけ言うと、ハッチから出てピチュアと交代に下に降りていった。
そして、ブールタックからもディーノが出てきた。
「でも、こう何日も携帯食だと味気ないわね」
少女が温めた携帯食を口に運んだときに独りごちた言葉を聞いたディーノは、思わず笑い声を上げ、
「やっぱりお嬢にはこういう生活は無理か? まぁ、お嬢様だからしょうがないけどな!」
その言葉を聞くと少女はむっとし、
「そのお嬢、と言うの、やめてくれない?私にはシャールっていう名前があるんだから!」
口をとがらせて抗議する。だが、ディーノは、
「ああ、わかったわかった。だが今日の戦いはよくなかったな」
ディーノの一言にシャールの心に少し棘が刺さる。
「オストリッチは素早さが特徴の機体だ。真正面から挑んでも勝ち目はない。可能な限り後ろにつき、そして後ろから敵の排熱ダクトを破壊する、それが基本だ」
その言葉に、シャールは沈痛な思いをする。
そんなことは滅多にないが、でも今日は、少しは褒められるかも、と思っていた。
『いい援護だったよ、助かった』
ただその一言だけでもいいから、聞きたかった。
なのに……
そんなシャールの沈んだ姿を見て、ディーノは心配げに声をかける。
「ん? 疲れてるのか。そりゃぁ野営はきついだろうからなぁ。今夜は俺のブールタックのラウンジで寝るか?」
その言葉に、さらにシャールの視線が険しくなる。
『あなたと一緒の機体でなんて寝れるわけないじゃない』
そう心の中で噛みつくと、黙々と携帯食を食べ続けた。
<第二章:指輪へ>







