こんばんはー、3週間空けるとかいっておきながら
1週間もせずに帰ってきてしまいました南瓜です><
改めて、私はあまり塞ぎこめないことが分かりました・・・。
いい事なのか悪いことなのか・・・w
さて、空けた理由ですが、大きく分けて二つあります。
一つ目は、自分のしたとある行動に対して、迷いがあったので、
それをはっきりさせること。
二つ目は、それに伴って、このブログが、いつの間にやら
ただの愚痴ブログになってしまっていたこと、それの方向修正ですw
とりあえず、明日からは、のんびりのほほんとした対戦記に戻ります。
今日はこの反省期間中に考えた様々なことを書きます。
では、
むかしむかし、あるところに、一人の少年がいました。
少年は高校1年生。
まだ見ぬ高校生活に、胸を膨らませるばかりでした。
少年は、明るく話好きだったので、すぐに友達が出来ました。
ある日、少年は友人の一人に、つきっきりで
勉強を教える機会がありました。
お人好しな少年は、時間を割くことをなんとも思わず、
ただ、彼の役に立てればいいと思っていました。
しかし、その少年にとって、彼の飲み込みはたいへん悪く、
内心、焦っていました。
そして、その焦りが原因で、少年はついに我慢ならなくなってしまいました。
次の日から、その集団とは空気が悪くなり、
周りからの信頼もうわべだけだった少年は、ついに社会から
見放されてしまったのでした。
2年目はクラス変え。 今度は失敗すまいと、少年は決意します。
少年は、自分の欠点である、制御が利かなくなってしまうことを
冷静沈着という名の「殻」を被ることにより、
それを抑えようとします。
結果、あまり話さない暗い人、そうなってしまい、前より友達
は出来ませんでした。
しかし、平和な日常を過ごすことが出来ました。
しかし、その平和が手に入って半年程・・・彼はどこか物足りなさに
気づいてしまいます。
どこか、心から笑えない自分がいる、そんな事がよくありました。
それが何故だか、それはその時には分かりませんでした。
それに気づいたのはそれから8ヶ月(?)後、
そう、このABCDの世界に入り、とある方の言葉を聞いたのです。
それから、少年は気づきました。
結局、仲良くやっているのは自分の「殻」だけなのだという事を。
しかし、それを気づいたときにはもはや手遅れ。
今更自分を180度変えるわけにも行かず、そのままの
うわべだけの付き合いを続けていくしかありませんでした。
あわや、少年が高校卒業後に残ったものは、何もありませんでした・・・。
これは、とある少年の失敗談です。
社会に溶け込むためには、自分を押さえ込むことが必要です。
それが出来ないものは、やがて、社会の中で孤立していくでしょう。
ところが、社会の中の一部には、それとは全く逆のことを
要する付き合いがあると思います。
そう、それが仲間であり、友達というものなんじゃないかと私は思います。
うわべだけの付き合いでは、お互いに本当の幸福を得ることは
出来ません。 これだけは断言できます。
そして、それが許されるということはすなわち、争いも
当然ながら起こるものです。
傷つけあい、憎しみあうこともあるのだと思います。
時には、完全に邪険に扱われ、二度と元に戻れない、なんて事も。
しかし、それが無いということは絶対に有り得ません。
なぜなら、この世界に、全く同じ人間なんて、存在しないのですから。
そして、いくら自分の憧れの人物像をまねて、その「殻」を作っても
結局の所は2番煎じ。
完璧に同じなんて有り得ないのです。
この議題に、明確な答えなど、存在しないでしょう。
社会を大切にするのか、それとも、一緒にいて楽しいパートナー
を大切にするのか、
そのバランスが大事なんじゃないかな、と私は思いました。
前者は、「殻」を徹底的に被り続けること。
後者はその逆です。
自分を出す。 それは、ただ明るく振舞えばいい、
自分勝手に行動すればいい、というのも一つの手でしょうが、
それ以前に、自分に正直になること。
そして何より、そうした事によって必然的に生じるデメリット。
そう、争いに背を向けること。
これらをしないこと、それが私の考える「自分を出す」事です。
この二つのバランス。 それこそが、この専門学校期間中に
見つけなければならないものだと私は思うのです。
それが、大人になる、そういうことだと思います。
そして今回、ついにやってしまいました。
私の悪いくせ、「暴走」という奴です><
もともと心配になっていたことがあったのですが、
それをついついいってしまったんですよね。 私は
そうしたら物凄く相手が怒ってしまって・・・。
「あんたにそんなこと言われる筋合いはねえよ。」みたいな感じ。
うん、まあ過去あったこととほとんど同じですよね。
でも、3年前とは違い、今は全く後悔していません。
「殻」を被って、偽りの自分だけが好かれるよりは、
傷つけあってでも、本当の自分を気に入ってもらえるほうが
私には合っているみたいです。
ここ数日は心から笑うことが出来ます。
今回のことで、もう迷いの99%は消えました。
だって、この専門学校の半年間の充実感が、過去の
どんな期間の比にもなっていないのですから!
いざこざのあった二人とは、当然まだ離れたままです。
ですが、どっちに転んでも、以前のように塞ぎこむ事は無いでしょう。
何も言ってこないなら、所詮そこまでの信頼しかなかった。
それだけのことでしょうから。
って、謝る側の私が言う台詞じゃ無かったか・・・。
言ってくれなければ、相手が何を考えてるのかなんて、わかりません。
私、頭悪いし且つ鈍感野郎ですからw
でもせめて、相手がわからないなら、自分の気持ちくらい正確に伝えたい。
それが謝罪であり、感謝ではないかと思います。
謝るという字には、謝罪と感謝の二つの意味。
とある方から教わりました。 私の人生の先輩です。
改めて見ると、自分への言い訳にしか聞こえませんが、
最後に〆の一言を、ABCD界の某氏のブログから抜粋させていただき、
その言葉とさせていただきます。
「喧嘩する<ほど>仲が良い」ってのは
「喧嘩できる<ぐらい>」ってのと 「喧嘩する<たびに>」ってゆう
二つの意味があるんだぜ?
とってもいい言葉です。 勝手ながら抜粋させていただきました。
それでは、明日からはフツーの対戦記に戻りますので、何卒・・・。
ではm(_ _)m