しんぶんをよみて。





選挙そのものを拒否する事の意味を考えてない感じがしたなあ…。




選挙を拒否する。




それは、代議士にYESもNOも突き付けない事。




それじゃあ、通じない。





「現状が嫌で、選挙に行きたくない」としても、




「現状は嫌だけれど、(変える力が無いから)現状が維持されても仕方が無い」と




消極的な現状の追認だと、都合よく思いこまれて終わるのがオチ。




与党に不満が有るなら、「与党に投票しない」という意志を「投票で」ぶつけないと。




一本の矢では簡単に折れてしまうけれど、三本の矢なら――




なんて訓話を残したのは、もう、何百年も前の人。




現実が良くないから、良くなるまでやり過ごす―では、




変えられないのではないでしょうか。




何も。






あと。





子供じゃない人が、親が食事を用意してくれないから、栄養失調になる、とか、




着替えを用意してくれなかったから、パジャマで学校に登校するとか。




どう思うのか?と、思う。






ぶっちゃければ、社会に対する観察力が足りない、かな。




戦争を経て、荒廃した日本がどうやって立ち直って来たのか?




これから、新しい時代がやって来るという希望が在ったのでは、と思う。




戦争の惨禍という傷を抱えていても。




問題は……。




俺やがやらなくても誰かが立て直してくれる!俺はそれをのんびり待てばいい。




という在り様で受け入れたのか。




俺達がやらなくてどうする!戦争で犠牲になった人たちの為にも、




新しい時代を、社会を、自分達の手で築いていくんだ!!




と、苦しみを抱えながらも希望を胸に突き進んだのか。






そりゃ、人間のやる事です。




何もかも理想通りにはいかないし、そうならない結果の方が多い事でしょう。




でも。




それでも、理想に一歩でも近い場所に到達する為には、




どう在るべきなんでしょう