-5i-1から



しかし、こちらは汗の一滴もかいていない。


救護所の四隅では、大神官自らの招請で


現場に駆け付けた枢機卿達が陣取り、


経文を詠唱して、法術による陣―法陣を構築していた。


純白の法陣が描き上げる円陣、その中央の一方に


紅(あか)い力の源を持つグラルドが居る。


そして、もう一方には、これまた大神官の指名を受けて


法陣の要を為している神官のロイシャールが居た。


朗々たる詠唱が響き渡る救護所のすぐ外側を


取り巻くように、何百もの人間が儀式の推移を、


固唾を呑んで見守っていた。


神官たちの詠唱が低まると、紅い光が迸(ほとばし)った。


毛布一枚に横たえられている者達を


染め上げるように照らしていく。


「―おおっ!?」


どよめきが溢れた。


紅い光が触れた途端、ただ呼吸を繰り返すだけの


身体から、黒く濁った靄のようなものが立ち上り始める。


紅い光に蒸発させられていくような様だった。


遊離した靄は再び身体にとりつこうと抗(あらが)うが、


紅い光は、あたかも壁のように、その蠢きをさえぎった。


行き場の無くなった黒い靄は紅い光に追い立てられる


ように、上方へと寄せ上げられていく。


しかし、そこもまた、紅い光に彩られた檻の中だった。


そして、救護所を鮮やかに染め上げている紅い光は、


黒い靄を押し潰すように、その輝きを強めた。


光の蹂躙に屈した黒い靄がぱちぱちと音を立てながら、


白い火花となって飛び散り、消えていく。


そして、法陣の中央から聞こえる詠唱が


高らかに響き渡り始めた。


すると、紅い光が冴え渡る救護所を、純白に輝く羽毛が


津々と降る雪のように緩やかに、柔らかく舞い落ち始める。


白い羽の正体は、枢機卿達の法陣の力を借りて


ロイシャールが練り上げた癒しの力だ。


舞い降りた羽は、陽ざしに解ける淡雪のように


溶けて、傷病者達の身体に染み込んでいく。



そして―。



「……う、…う……うう、ん…」


目を開けたまま、うんともすんとも言わなくなっていた


病人達が声を漏らし始める。


そして、寝返りを打つように動き始めた。


『―おおおっ?!』


それを目撃する端から、歓声が上がる。


ついには、悪い夢から解き放たれるように、


一人、また一人、と起き上がり始めた。



紅い光が黒い靄をかき消し切るのと、


グラルドの集中力が限界を迎えるのは同時だった。


そして、グラルドの集中力が切れた時点で、


法陣を構築していた枢機卿達も術を終える。



-5j-1へ続く