HAWKWIND (ホークウィンド) イギリス | pulsar21

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1971年 2nd「宇宙の探求」 1972年 3rd「ドレミ ファソ ラシド」

1972年全英3位にランクされ、大ヒットしたシングル 「Silver machine(シルバー・マシーン)」


メンバーとして登録されていたヌードダンサーのステイシア、この動画でも殆ど立っているだけ。花火やシャボン玉など、そしてライトを使って視覚翻弄するステージが売り物の彼らだけど、ステイシアは本当に必要な人だったのだろうか。

その年の暮れ、11月に発売された 3rd「Doremi Fasol Latido(ドレミ ファソ ラシド)」 、日本のみ「Silver machine」が、それもアルバム1曲目に追加された(90年代に入ってから日本盤以外もBONUS TRACKとしてアルバム最後に追加されている。)。その他の収録曲と比べると、バランスが悪くなっている気もするけど、最大のシングル・ヒット曲だから、レコード会社は売りやすい。前後のアルバム 2nd「In Search Of Space(宇宙の探求)」 4th(ライブ2枚組)「Space Ritual(宇宙の祭典)」 と併せて彼らの絶頂期だった。

「サイケデリック・スペース・ロック」 として紹介される初期のホークウィンド。「スペース」感は効果音的に使われている電子音が、そうイメージさせている。
ドラッグとサイケデリックは密接に関係していると言われている。事実このグループはドラッグがらみの警察の手入れを38回も受けたらしい。それでもサックスの奥深く隠せば見つからないと公言するなど、懲りないメンバー達であった。ドイツのクラウト・ロック (過去記事から) もドラッグとの関係が指摘されているけど、それらしい音楽を作っている ファウスト(視聴:クラウト・ロック) は、その関係を完全否定している。

ヘヴィ・メタル 、作家のウィリアムス・バロウズが ドラッグ中毒の最終的な状態 を鉱物的に無生物化するとして描いた言葉。これが転用されて音楽ジャンルに定着した。 ホークウィンドはヘヴィ・メタルの元祖 とも言われる事がある。ドラッグ中毒のメンバーという意味ではなく、初期のホークウィンド・サウンドからきている。75年発売の 6th「Warrior on the Edge of Time(絶体絶命)」 になると、1曲目からキーボードを押し出しての演奏、このアルバムは プログレの名盤 としてキングレコードのヨーロピアン・ロック・コレクションから紹介された。SF作家マイケル・ムアコックのコンセプトに基づいて作られた作品であり、 ヴァイオリン&キーボード奏者サイモン・ハウス のシンセサイザー、メロトロンがSFサウンドをイメージさせる。このシリーズでの売り上げは好調で、 4th「宇宙の祭典」3rd「ドレミ ファソ ラシド」もこのシリーズから発売された。

しかし「絶対絶命」以降、下降線をたどる事になります。

1969年7月頃から活動を始め、その年の11月に正式にホークウィンドというグループ名にした。70年代に入り7月にシングルデビュー、8月にデビューアルバムを発売したが、セールスには結びつかなかった。しかし出来が悪いわけではなく、84年2月の再々発盤では全英75位にランクされた。転機となったのが 1970年8月末に行われたワイト島ロックフェスティバル への参加。ジミ・ヘンドリックスはこの公演参加後、半月で帰らぬ人になってしまった。その後メンバー交代を繰り返し(ヌードダンサー ステイシアもここで加入)、翌1971年10月に発売された2nd「宇宙の探求」が彼らの出世作となった。以降のライブに定番となった代表曲 「Master Of The Universe(宇宙の支配者)」


2nd「宇宙の探求」1曲?b> 「You Shouldn't Do That(混迷の地球を逃れたい)」 、でも行ける場所はどこにもない、という絶望感がホークウィンドの根底にある。とりあえずは自分たちが足をつけているこの場所から、ぼくたちは出発しなければいけない、と訴えている。

翌72年になると、6月に通算2枚目となる前述の 「Silver machine(シルバー・マシーン)」 の大ヒット、11月の3rd「ドレミ ファソ ラシド」、翌73年5月のライブ「宇宙の祭典」と、ホークウィンドの絶頂期だった。


http://www.youtube.com/watch?v=NN4UAqcb2pk 「Born to Go」AUDIO ONLY

現在でも活動を続けているらしい。