EDDIE JOBSON (エディ・ジョブソン) | pulsar21

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           '1983.9 1st solo Album「グリーン・アルバム」

今年の6月にUKZのメンバーとして30年ぶりに来日する  ヴァイオリン&キーボード  奏者のエディ・ジョブソン。前回の来日はジョン・ウェットンとのUK時代。UKは本国イギリスやアメリカでもある程度の成功を収めたが、それ以上に日本での人気が凄かった。UK3枚目のライブアルバムは、日本公演でのもの。ジョン・ウェットンはエイジア結成のため、UKは3枚のアルバムを残して解散となったが、エディ・ジョブソンはその  中世的なルックス  で日本ではアイドル的な扱いを受け、女性ファンが多かった。天才少年と呼ばれた70年代、ルックスに反してまじめすぎる程の音楽に対する一途さが、その後のバンド活動を困難にしてしまった。
UKZ、エディ・ジョブソンにとっては久々のバンド活動である。

1955年4月28日、イギリスのダーハムで生まれる。7歳の時からピアノを習い始め、オーケストラの指揮者を夢見る音楽少年だった。クラシックの名門スクールに入学できる年齢に1年満たない16歳の時、ヴァイオリンとキーボードが抜けた  カーブド・エア  にプロとして参加する。前任者のヴァイオリンとは、ダリル・ウェイである。  「エア・カット」  というアルバム1枚を残して脱退。18歳の時である。エディ・ジョブソンはカーブド・エア参加をきっかけに、クラシックの道を断念し、ロックの道を選択する事になった。

1973年以降、 ロキシー・ミュージック(4枚のアルバム) フランク・ザッパ(2枚のアルバム) UK(3枚のアルバム) ジェスロ・タロ(1枚のアルバム。80年発表) と、大物グループをわたり歩いたエディ・ジョブソン。その他、キング・クリムゾンの 「USA」 発売の為に、脱退したデヴィット・クロスのかわりにオーバー・ダビングに参加したり、ブラフォードのソロ・アルバム 「ワン・オブ・ア・カインド」 に客演として参加した事もあった。ジェスロ・タロ参加後沈黙を続け発表されたのが、ソロ第一弾「グリーン・アルバム」である。(フランク・ザッパ参加前の時期、ソロ名義でシングルを1枚発売しているが、商業的に陽の目を見る事はなかった。)

このアルバムはエディ・ジョブソン&ズインクというグループ名義にはなっているが、実質的にはソロ・プロジェクトであった。プロデュース・作詞作曲・ボーカル・キーボード・ヴァイオリン・エレクトリック・ヴァイオリン、全てエディ・ジョブソンが手掛け、その他のミュージシャンはのべ500人からオーディションしたセッションマンであった。ギター4人・ベース2人・ドラム1人、ギターとベースは曲により使い分けていた。

発売は1983年9月。ジェスロ・タロ脱退以降、エディ・ジョブソンは全てこの「グリーン・アルバム」の準備期間であった。シングルとしては 「ターン・イット・オーバー」 も発売されたが不発に終わり、「グリーン・アルバム」自体も不成功で、キャピトル・レコードとの契約が打ち切られてしまう。

「グリーン・アルバム」発売時の1983年、イエスに参加していた。イエスに誘われたのが、この時で2度目。リック・ウェイクマンが抜けて「リレイヤー」を発売する時だが、エディ・ジョブソンにはイエスの音楽が退屈に思えたらしい。それで断っている。1983年のイエス参加時、トニー・ケイ復活参加との話が出てきて、エディ・ジョブソンは自ら身を引いた。そして発売されたのが「ロンリー・ハート」の「90125」であった。この時イエスにとどまっていれば、エディ・ジョブソンは金銭的な裕福を手に入れる事ができた。

レコード会社を移籍し、1985年には全編インストゥルメンタルのソロ第2弾「テーマ・オブ・シークレット」も発売されたが、その後表舞台からはほとんど姿を消し、1995年にUK再結成の試みもあったが、ジョン・ウェットンと仲違いを起こし、計画は頓挫。(UK再始動の題材を利用したソロアルバムを、2000年に発表している。)今回のUKZは久し振りのバンド活動である。

商業的に陽の目を見なかった 「グリーン・アルバム」 。そんなに悪いアルバムなのかと思われてしまうが、聴いてみると とても素晴らしいアルバム である。製作に何年も要して、じっくり作られたアルバムだけある。天才少年と呼ばれたエディ・ジョブソン、ヴォーカルはこのアルバムで初めて聴く事になるが、ジョン・アンダーソンを彷彿させる、透明感のある素晴らしいハイトーン・ヴォイスである。本業のヴァイオリン&キーボードは特級品。作曲はエディ・ジョブソン1人との事だが、プログレ的要素も残しつつ、大曲構成にせず全13曲、1983年という時代背景に合った曲作りになっている。何故セールスに結びつかなかったのか、首をかしげたくなるような名作である。

不運の天才、エディ・ジョブソン。もう既に50歳を過ぎているが、UKZは是非とも成功してほしいものである。