おはようございます<(_ _*)>

Leoです。


ついさっきブログ当番だったことを思い出しました←

なのでこれは昨日(11日)更新分です(^^;


とはいえ、昨日は私の中のエネルギーが何処かへ出掛けていたようで、何をするでもなく一日が過ぎてしまいました(笑)

あ、でも流石に黙祷はしました。
14時46分ちょうど。


4年前のその時、私は大阪の専門学校の学生寮いました。
テレビやネットが騒然となっていたことを思い出します。

その時は東北の知り合いは居ませんでしたが、東京に何人か知り合いがいて、帰宅難民のこともあったので、とても心配したのを覚えています。

あの時、私には何をする力もなかったので、ただひたすらにネットで使えそうな情報を集め、東京の知り合いを中心に届けようとしていました。

幸い、東京にいた知り合いは無事でしたが、同じ頃、東北では甚大な被害が出ていました。


そしてそれは今も続いています。


あれから4年。

未だ復興はなし得ていません。
私も微力ながら、復興支援の募金は見掛けた時に出来るだけするようにはしていますが、まだ、状況はよくないようです。



昨日に限ったことではありませんが、
最近、命のあり方について考えることが増えました。

私たちはどう生きるべきなのか。
今あるこの命を、どう使うべきなのか。

次の命に、何を伝え、何を残すべきなのか。

全ての命が幸せに生きるにはどうすればいいのか。


明確な答えは出ていませんが、
きっと答えは1つではないでしょう。

色々な価値観があり、
色々なやり方があると思います。



こんな時、私は決まって『アンパンマン』の作者、やなせたかしさんの言葉が思い出されます。


逆転しない正義とは献身と愛だ。それも決して大げさなことではなく、眼の前で餓死しそうな人がいるとすれば、その人に一片のパンを与えること”
出典 やなせたかし「アンパンマンの遺書」


幸いにも、やなせたかしさんが経験された戦後に比べ、今の日本においては餓死というのは殆どなくなっていると思います。

むしろ、物が多すぎると感じるほど。

それでも、飢えている人は沢山います。
それは食べ物などと同様に、愛情、知識、技術、機会など。
形にならないものにおいても。


これは私の解釈ですが、
やなせたかしさんの言葉の本質は「分け与える」こと、ひいては「分かち合うこと・共有すること」だと思っています。

人はみんな、それぞれ色んなものを持っていて、色んなところが欠けています。

違っていて元々です。

だからこそ、それぞれが持っているもので持たざるものを助けられる、協力することが出来るのだと思います。

やなせたかしさんの“一片のパン”のように、私たちのそれぞれが持っているものを分かち合えれば、更に素敵な場所が増えていくのだと思います。



……と、寝起きの頭での長文&乱文失礼致しました(^^;

ここまで読んでいただき、私の思いを1つ分かち合えたことに感謝致します。<(_ _*)>


私も色々と足りない人間で、そもそもの社会に馴染めない所があるのですが(笑)

どうやら夢を見る力だけはあるようで、
これからはそれを誰かと分かち合えるよう、生きていきたいと思います( v^-゜)♪



♪Leo