こんにちは、
國木田 伊世(くにきだ いせ)です![]()
すっかり秋めいてきましたねぇ…
というか、体感的にはもはや初冬![]()
周りにも体調不良者が続々![]()
![]()
我が家も例外ではなく…![]()
先日、長男と旦那さんが発熱してしまい、
それぞれ学校と仕事をお休み![]()
そんな日の自分の気持ちの動きで
気付きいたことがあったので、
今日はそんなお話をシェアしたいと思います![]()
![]()
長男と旦那さんが発熱してダウンした日、
その日はたまたま
私が元々仕事がお休みだった日でした。
「今日は久しぶりに“自分のための休日”だ〜!」
……と思っていたのにぃぃ![]()
「なんで今日に限って~
」と、
思わず心の中で叫んでしまいました![]()
![]()
![]()
元々仕事が休みだったので、
職場に迷惑をかけることがなかった点は
ありがたくはあったけれど。
なぜかじわじわ湧いてくる
モヤモヤ
とイライラ
…
「家族が体調悪いんだから仕方ない」と思いつつ、
どうにも心がすっきりしない自分がいることに
気付いたんです![]()
--------
同じ“お休み”なのに、なんか違う
このモヤモヤの正体がなんなのか気になって、
自分に「なんでだ?」って聞いてみたんです。
すると気づいたのは――
「お休み」は“自分のために使う時間”であるべき
という、私の中の小さな“前提”でした。
出勤予定の日に家族が体調を崩して
急遽仕事を休んだ…そんな日は、
「看病のために休む」という前提があるから
看病にもまっすぐ向き合えるし、
納得して時間を使える。
でも、
「今日は私のために使うぞ〜
」
と思っていた日が
急に“家族の看病デー”に変わってしまうと、
なぜだか心の中で、プチ反発が起きる。
「私のために使うはずだったこの時間、
どうしてくれんのよ⁉
」って![]()
--------
「感じ方が違う」とき、自分の価値観が見えてくる
その気持ちに気付いたとき、ふと思いました。
起きている事実は同じなのに、感じ方が違う。
その“違い”の中にこそ、
自分の価値観が顔を出すのかも。
誰かにとっては“普通の一日”でも、
私にとっては
「『自分の為に使える』貴重な一日」
だったはずの日。
モヤモヤしたのは、
“自分のための時間を大事にしたい”という
想いがあったから。
「自分の価値観ってこういうところに出るんだなぁ」と、
小さくうなずいた瞬間でした。
--------
ジャッジしない。ただ「そう感じたんだな」と知る
この気づきと共に改めて思ったのは、
“感じ方に対して良い・悪いのジャッジはしなくていい”ということ。
自分のために使えるはずの一日が
急に家族のために使わなくてはいけなくなって
そのことにモヤモヤ・イライラしたとしても、
それを
「家族より自分の時間が大事だって思うなんて、
私はなんてヒドい母親(妻)なんだ…
」
って、責めなくてもいい。
「自分の時間、満喫したかったよね
」
それで終わり。
「私が何を大切にしているのか」を知るヒントが、
その違いの中に潜んでいたことに気付けて、
その感情や自分の価値観に向き合えた、
その事実を受け入れるだけでいい。
それだけで、十分。
「自分で自分を構ってあげた」
「自分の声を無視しなかった」
ってことだからね![]()
ひとつの「事実」をどう“感じるか”は、
間違いなく“私らしさ”のかけらなんだな、
と思ったし、
それを味わえた自分、成長したな…![]()

と感じて、ちょっとニヤリとした私でした![]()
あなたは最近、
同じ出来事なのに“なんか感じ方が違う”
と気づいた瞬間って、ありましたか??
そこにあなたの「大切にしている価値観」のかけらが
潜んでいるかもしれませんよ![]()