こんにちは、

國木田 伊世(くにきだ いせ)です照れ

 

すっかり秋めいてきましたねぇ…

というか、体感的にはもはや初冬笑い泣き

 

周りにも体調不良者が続々予防ネガティブ

我が家も例外ではなく…悲しい

 

先日、長男と旦那さんが発熱してしまい、

それぞれ学校と仕事をお休みふとん1

 

そんな日の自分の気持ちの動きで

気付きいたことがあったので、

今日はそんなお話をシェアしたいと思いますキョロキョロキラキラ

 


 

長男と旦那さんが発熱してダウンした日、

その日はたまたま

私が元々仕事がお休みだった日でした。

 

 

「今日は久しぶりに“自分のための休日”だ〜!」
……と思っていたのにぃぃ笑い泣き

 

「なんで今日に限って~笑い泣き」と、
思わず心の中で叫んでしまいました笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

 

元々仕事が休みだったので、

職場に迷惑をかけることがなかった点は

ありがたくはあったけれど。


なぜかじわじわ湧いてくる

モヤモヤぼけーとイライライラッ

 

「家族が体調悪いんだから仕方ない」と思いつつ、
どうにも心がすっきりしない自分がいることに

気付いたんですキョロキョロ

 

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同じ“お休み”なのに、なんか違う

 

このモヤモヤの正体がなんなのか気になって、

自分に「なんでだ?」って聞いてみたんです。

すると気づいたのは――

 

「お休み」は“自分のために使う時間”であるべき

 

という、私の中の小さな“前提”でした。

 

 

出勤予定の日に家族が体調を崩して

急遽仕事を休んだ…そんな日は、
「看病のために休む」という前提があるから

看病にもまっすぐ向き合えるし、

納得して時間を使える。

 

でも、

「今日は私のために使うぞ〜ゲラゲラ

と思っていた日が
急に“家族の看病デー”に変わってしまうと、
なぜだか心の中で、プチ反発が起きる。

 

「私のために使うはずだったこの時間、

どうしてくれんのよ⁉ムキー」って泣き笑い


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「感じ方が違う」とき、自分の価値観が見えてくる

その気持ちに気付いたとき、ふと思いました。

 

起きている事実は同じなのに、感じ方が違う。
その“違い”の中にこそ、

自分の価値観が顔を出すのかも。

 

誰かにとっては“普通の一日”でも、

私にとっては

「『自分の為に使える』貴重な一日」

だったはずの日。

 

モヤモヤしたのは、
“自分のための時間を大事にしたい”という

想いがあったから。

 

「自分の価値観ってこういうところに出るんだなぁ」と、
小さくうなずいた瞬間でした。

 

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ジャッジしない。ただ「そう感じたんだな」と知る


この気づきと共に改めて思ったのは、
“感じ方に対して良い・悪いのジャッジはしなくていい”ということ。


自分のために使えるはずの一日が

急に家族のために使わなくてはいけなくなって

そのことにモヤモヤ・イライラしたとしても、


それを

「家族より自分の時間が大事だって思うなんて、

私はなんてヒドい母親(妻)なんだ…ショボーン

って、責めなくてもいい。

 

「自分の時間、満喫したかったよね悲しい


それで終わり。


「私が何を大切にしているのか」を知るヒントが、
その違いの中に潜んでいたことに気付けて、


その感情や自分の価値観に向き合えた、

その事実を受け入れるだけでいい。


それだけで、十分。


「自分で自分を構ってあげた」

「自分の声を無視しなかった」

ってことだからね照れ


ひとつの「事実」をどう“感じるか”は、
間違いなく“私らしさ”のかけらなんだな、

と思ったし、

それを味わえた自分、成長したな…ニヤリキラキラ

と感じて、ちょっとニヤリとした私でしたにっこり

 


 

あなたは最近、
同じ出来事なのに“なんか感じ方が違う”

と気づいた瞬間って、ありましたか??

 

そこにあなたの「大切にしている価値観」のかけら

潜んでいるかもしれませんよウインク