中庭のベンチはとてもひんやりしていた。


遠くから野球部の男子たちの声が聞こえる。




「で、侑。どうしたの?」



「あー…その」


やっぱいつもも侑じゃないよなぁ。



沈黙が続く。


そして侑が再び口を開いた。




「…いろいろと不安すぎて」



≪不安≫。



「たとえばさ…もうすぐ俺引退じゃん?俺、残りの時間…先輩としてなにができんのかなとか」



…。



「…なんて、なっさけないよなぁ俺」


はは、と苦笑いした。

きっと無理して笑ってるんだよね?


いつだってそうだ、侑は。


苦しいのに無理して笑って…。




「…侑、あたしたちね。侑にいーっぱいいろんなものもらった。いろんなことしてもらった」



そうだ。


今までの侑でいてくれれば、それでいいんだよ。



「だから今までどおりでいいんだよ。あたしたちは、侑がいてくれるだけでうれしいの」



こんな後輩思いな先輩を持って幸せなんだから。



「…真花」


「ん」



「ありがとう」



今度は苦笑いじゃなかった。


いつもの侑の、笑顔。



「…最後のステージ、最高の思い出にしようね」


「当たり前だろっ」



そしてなぜか握手を交わした。

なんの握手だったのかは、分からないけれど。







夏が終わった。



秋が始まる。




あたしたち軽音部にとって、今年最後のステージが待ってる。


侑にとって、最後のステージが待ってる。



最高の演奏をしよう…。



そう、心に誓った。

夏休み最終日。



「真花また一段と良くなったな」


「えっそう?」


「なんてか、気持ち入ってて…いーと思う!」


「さんきゅぅ~」



そう言ってもらえるとうれしい。


気持ちが入ってるのは、やっぱ好きな人がいるから…かな?



それにしても、今日は侑の様子がおかしい。


「侑、どーかしたの?」


「…や、なんにも」



…絶対嘘だ。

侑ってほんとうにぶきっちょ。

良く言えば、素直だけどさ。



「正直に言ってよ~。年下だけど悩みくらいは聞けるし!」


「…じゃー…部活終わってから頼む」


「まっかせて★」



それにしても、侑が悩みを打ち明けるのは珍しい。

侑は悩みをひとりで抱えちゃうタイプだと思う。

スランプに陥った時も、ひとりでずーっとベースの練習してた。




ひらすら歌って、歌って、歌を磨いて。


夏休み最終日の部活が終わった。





「2学期は文化祭!みんなでがんばってこうな。お疲れさまでした!」


「「「お疲れさまでした!!!」」」



文化祭。


文化祭は…侑の引退ステージだ。


他の3年生はもうほとんどの人が部活を引退している。

そんな中、侑は頑張り続けたんだ。



最高のステージにできたらいいなぁ、なんて思う。




「侑、ちょっと座って話そ!」


「ん」



ベンチがある中庭に向かった。

「あー歌った歌った!」


「そだな」


結局あれからずーっと歌ってた。

現在、午後4時。

昼食はとってない。ほんっとまじめに食べるの忘れてた。


でも楽しかったし、大満足♪



「じゃあ、またね!」


「ばいばいっまた遊ぼうな~」



≪また遊ぼうな~≫



そういってもらえただけでうれしいよ。




あたしの初恋の相手。



初めて好きになった人。





「ただいまぁ」


「おかえり姉ちゃん。楽しかった?で・え・とw」



なっ……。


この子なぜ分かる!?



「で、でぇ~となんて誰も言ってな…」


「昨日の様子みてたら分かるもん♪デートだったんでしょ?」


ほんと、なんでこういうことは鋭いんだか…。


そうそう。紹介まだだったかな。

妹の名前は玲衣≪れい≫。中学2年生…のわりにはしっかり者。あたしよりも(笑)



「…まぁ、デート?みたいな…」


「やっぱりね★どんな人?相手」


「優しいし…歌うまいし。あとはかっこいいとか」


なんか照れる…。


「へぇ~いいなぁ」


「いいじゃん玲衣彼氏いるんだからーっ」


「あはは」



そう、妹には彼氏がいる。聡太君っていって、同じクラスの男子なんだって。

一度我が家に遊びに来たことがあって、大人びた顔立ちだった覚えがある。



「お姉ちゃんその人のこと好きなんでしょ?だったら告白しなよ」


「しないしない」



告白ってそんな簡単なものじゃないでしょ!

…まぁ玲衣は自分から告白したみたいだけどさ。


それで成功しちゃうんだもん、すごいよなぁ…。



「デート、向こうからさそってきたんでしょ?だったた脈ありでしょ」



み、脈あり???



「んー…脈あり…ってことは待ってても来る、か。じゃあお姉ちゃん告白しなくても大丈夫!」



なんか勝手に分析みたいなのされてるんですけど!



「向こうから来るかもよ~?」


「それもないっ!もぅ、あたし部屋いく~」


「素直じゃないなあ~♪」





あたしは恋愛に詳しくない。



どういうのが「脈あり」なのかも全然分からない。



だけど…妹のいうようにあれは「脈あり」のサインなのかな…。







期待しちゃっても、いいのかな。

「次ハイジ歌ってよ」


「今歌ったじゃん~」


「えーそれなし!いいから歌ってよ~」


「しょーがないなぁ~なんてねっ」



イントロが始まった。


これは…



RAELの『Deep...』。



RAELっていうのは、バンド名。

Ria Azu Eiji Liz でRAEL。


かっこいいし、好きなんだよね。特にボーカルのRiaが好き。



「手を伸ばせば伸ばすほど 君は逃げるから…」



わぁ…やっぱ上手いなぁ。

Riaよりもなんか…声が色っぽい!



「すぐに抱きしめるんだ もっとそばにいて?」



目があった。

きゅんきゅんしてしまう。




「知りたいよ 教えてよ きみの深い深い秘密のspiral」



プロ顔負けの歌声だ。


尊敬しちゃう。


それにやっぱかっこいいし…。

Riaよりいい!って言っても過言ではないよ。



「…あ~終わったぁ!」


「よかったよ♪」


「さんきゅ。…俺が歌ってる間に曲入れておけばよかったのに~」


「あー、なかなか決まらなくて!でも今ちょうど決まったよ」




嘘。


ずっと君の歌声に酔いしれていた。



ずっとずっと…ハイジのこと見つめてた。


その結果目があったんだけどね。




「よ~し、盛り上がっていくぞ~!」


「いぇ~いっ」



って言っても、2人きり。


でもいいんだ。



この空気が、心地よく感じる。

キイ…


扉を開けると、何組かのカップルが受付周辺にいた。


いや、実際にカップルかどうかは知らない。

けど男女2人組を見るとどうしても「カップル」って思いたくなってしまう。


「いらっしゃいませ。本日はどうされますか?」


「フ…フリータイムで、お願いします。」


「かしこまりました。…21番のお部屋になります。」



慣れてるカラオケ店。

何度も来たことある、けど。


好きな人と来たのは初めて。


だからかな?

受付での受け答え、いつもより下手になっちゃった。


不思議だなぁ…。



「俺荷物もつ」


「あ、ありがと…」


リモコンやら伝票やらが入ったカゴを渡した。

その瞬間、指と指が触れあって…


「あ、触っちゃった」って、照れくさくなる。


きっとハイジはそんな細かいこと気にしてないよね。

でもあたしにとっては…なんだか大きいことに思えるんだ。



21番室。



いつもの部屋よりも少しだけ小さい気がする。


あぁそっか、今日は2人だから。



「何歌うー?真花先歌って~」


「えーなんか照れるじゃん」


「河原であんなに大声で歌ったくせに?」


きみのそんなからかうような顔が憎らしいようで、愛しい。


「…も~っじゃあ歌いますよっ//////」



一曲目…っと。


送信。



「あ」


「真花?」


「や、なんにも!」


「曲始まるぞ~」


「う、うん」



しまった…。いつものノリで…アニソンを!


や、でもでも!好きな曲だし!うん。いいんだ、アニソン最高!アニソンだからって何を躊躇する必要があるのかしら~~!!


という具合に脳内でポジティブ真花ちゃんががんばってる。


…よし、ここは思い切って歌ってしまおう。



「RARARA~」


出だしのRARARAから気合いマックスです。


「あ、これ知ってる!俺も歌う♪」


ハイジも知ってたんだ!

わぁ、一緒に歌ってるよ…。



…ハイジの歌声、大人っぽいなぁ。


そんな歌声にも惚れてしまいそうだ。