七回忌の法要で「南無妙法蓮華経」を50回ほど連呼させられたのち、
かつてウィーンにいたという和尚と音楽談義に花を咲かせていると、
あっという間に約束の時間になった。
曇り空からやや粒の大きい雨が落ち始めている。
この日は富士山はその稜線さえも姿を見せない。
私は足早に寺の正門に急ぐ。
NさんとTくん夫妻は車で待っているはずだ。
しかし、携帯の番号を知らせるのを忘れていた。
本当に会えるのだろうか、すこし不安であった。
大きな楠の下に、青いベンツが停まっている。
見るとナンバーはNさんの住んでいる静岡ナンバーである。
車種を聞くのも忘れていたため、一か八か近づいてみる。
すると、ドアが開き、中から女性が
「◯◯さんですか?」
と声をかけてくれた。
Tくんの奥さんである。
後部座席からはNさんが出てくる。
92歳とはとても思えないほど、足腰も言葉もしっかりしている。
この方のお母さんは104歳で大往生しているのだから、これは遺伝子の成せる技か。
「本当に会えるなんて、もう涙が出てきちゃったわ!」Nさんは、声を詰まらせながらそう言った。
ひとしきり挨拶を交わしていると、
寺の奥の方に様子を見に行ったTくんが戻ってくる。
髪の毛は少なくなっていたが、高身長のダンディーな方である。
比して私は、ズボンのベルトが不要のたまご型のやや肥満である。
60年の歳月は、明らかに二人に年輪を刻んでいた。
4人で祖父母と両親の眠る墓参りをしたあと、
Tくんの車の後部座席でしゃべりまくるNさんと私を乗せて、
沼津駅近くのホテルでのランチに向かうのであった。