僕にとっての箱とは、中身が伴わなければ存在価値を為さないもの。
一度は考えたことがあるのではないだろうか。
箱があるから何かを入れたくなるのか、入れたいものがあるから箱が必要となるのか、と。
僕は断然後者寄りだ
だから、全く中身が存在し得ない鞄や財布、いわゆるケース的なものは箱と同じように、手に入れる前に必ず中身を決める。
箱が転がっていて、何かを入れれる、というよりは、入れないとっていうプレッシャーが襲い掛かるのを嫌う。
だから、箱を見ればすぐに捨てる。
もっと言ってしまえば、箱の中身の最適なものは、大抵一番最初に入っていたもの。
その中身が取り出された今、その箱の役目は終わったものと考えるのが普通であり、その箱にそれ以上の役割を分担するのは、あまりにも酷である。