子供と外食した時の出来事です。
 
バイトリーダー的な20歳くらいの血気盛んな男子が
 
別のバイトの女の子に注意していました。
 
「もっと 周り見ろよ。忙しいの分かるやろ」
 
中々 強い口調であり また険しい表情で その後も 客が去った
 
後のテーブルをてきぱき片付ける様子  
 
幾分 あらっぽい印象さえ受けました。
 
当然 私の隣にいた息子にも 彼の声は聞こえており
 
「めっちゃ 怖いなぁ  おっきい声で怒ってるの 聞こえてたわ」
 
と 息子も彼にしばらく釘付けです。
 
 
しばらく 不愉快で 何だかなぁ と思いつつも  食事が終わり
 
レジに清算に向かった所   運悪く 彼が わざわざ 
 
レジに来てくれたのです。こちらとしては さっき怒られていた
 
女の子に励ましの言葉をかけてやりたい位の心情
 
でしたので・・・・・・・・・
 
レジでの彼はというと  よく通るはきはきとした声と 
 
接客における笑顔   そして お釣りを私の大きな手のひらに返してくれました。
 
何の不愉快も生じなかった。  彼が小銭を私の手の平に置いた
 
その瞬間・・・何の不愉快も感じられなかった。 なんだろう これ?
 
それどころか 小銭をどれだけお客様に対して 丁寧にお返ししたの
 
かが 十分すぎるくらい伝わってきた。
 
帰りの車で 考えさせられてしまって。  
 
小銭のいきさつを息子に聞かせた。
 
「じゃあ 人に迷惑をかけたくないからってことね。それで怒ったのね」
 
4年生の息子の言葉でした。
 
中々 話の分かる子だ・・・・ ʅ( ‾ω◝)ʃ
 
4年生なりの発言に 言葉をなくしつつ  
 
ある一面だけにフォーカスした自分に反省~

H29年1月15日 

 

死ぬまでにやっておきたいこと

つまりは・・・・・・・

もうすぐ自分が死ぬとしたら? 本気で そう 考えたら?

何を後悔するだろうか  

「もっと 〇〇 をやるべきだった」   「〇〇をやってこなかった」   

「もっとこうすればよかった」  と どんな後悔をするだろうか

 

世間的には まだそんなことを考えるほど 老いてない私

でも 老いてからでは 遅い

そんな思いもあって 禁煙もできているように思う

このブログを書き終えて コンビニに行こうと思って 

家を出た瞬間 車に引かれるかも知れへんし

夕方のおかんの電話に出てやればよかったとか

塾をさぼる息子に もっと愛のある言葉をかけてやればよかったとか

引かれた瞬間思うのかもしれない  車 笑

いつ死ぬかわからん  

そう思ったら 少なくとも体に悪いことはやめとこうか

やりたくないことは やりたくないので やらない人生をおくろうか

 

 

真剣に考えてみようと思います

私が死ぬとき 後悔が無いように   みっともない 

惨めな最期にならないように

そして 何よりも 今から最期のときまでに  それをやるために

一番の目的 ・ 目標は  今からそれをやることにある

私もいつか消えてなくなってしまう身ですもの

 

問題回避型の自分が まれに 目的志向型になる時があります

強く心を動かされるとき   感情が前向きに動いたとき 

私も  目的志向型になります

 

この続きは また今度・・・・・

 

 

支援者の当事者研究会なるもの!!  に行ってきました

 

誰かに支援される当事者ではなく 支援する側(支援者)としての

自分について考える機会です

 

比較的、リラックスして心身ともによい状態で参加できたのではないでしょうか。

人の話を聴く  人を理解する  人を癒す  人をサポートするなんて

意識は すっかり忘れて その場にいた瞬間がありました

途中で 取り戻してようやく出した一言が これでした

「それって どこから来てるの?」

・・・・・もっと 早く出せたらよかったが 

 

前半でケアマネとしての 役割上の話をしすぎたことに反省が残り

少し 役割の自分から離れようと思った結果 いい感じに 

忘れてしまった

目の前の人が求めるもの 探しているものが何かを

言い当てることではなく

その人が自分で答えを見つけ出せるように

少し 言葉でサポートできたら素敵だと

常日頃から思っている

誰かのそういう人になりたいと 本気で思っている

 

最後は 結局また役割の自分が 出現して

無責任に誘導できないと感じたり きちんとサポートしなければ!

なんて頼まれてもないのに 考えてみたり・・・・・・

 

 

帰りの吉野行きの特急の中で 今日のことを振り返ってみた

本当の自分だと 自分でそう認識している自分が 

意識の一番内側にいて

自分でもまだ認識できていない自分が

潜在意識の中にいて 

実はその潜在意識がその人の大部分を占領している

かもしれなくて

家族や親しい人に見せる自分がいて

そして 役割の自分が外側にいて

今日誰かと偶然すれ違っただけの 一瞬だけの

一番外側の自分がいて

 

一体 どれが本当の自分なのかなんて 私は愚問だと思っていて

どれも大切な自分だと思っている

 

自分を好きでいられる人はいい   自分を肯定できる人も

とりあえず 今 そうじゃない人もいることをもっと知ろうと思う

 

泣きそうで我慢している自分

泣きたいけど 泣けない自分   

吐き出したけど 迷っている自分

いい所まできたけど こらえてしまった自分とか 笑

一番内側の自分を出せた次の瞬間 一気に外側の自分にワープしたり

イラットして 感情を爆発させたいのに こらえたり

それを止める必要はないんだと 思った

 

自分を表現する場があるだけ いいと思う 

その機会があるだけいいと 特急の中で思った

少なくとも ない人よりは

それが 私の今日の振り返りで見つけた答えでした

 

 

私は こういった利害関係が一切無い人たちとの関わりの中で

余計な先入観や抵抗感 拒否がなく人の話が聴けることが

自分にとって学べる場になり プラスになっていることを

感謝せずにはいられない