例年続きのこの暑さ
コロナどころではない。
私たちでさえ、体力を消耗してしまう。
高齢者 中でも独居高齢者はこの暑さに
ある程度の覚悟をしないといけないだろうに。
といっても、覚悟するのは高齢者本人ではなく
家族はもちろん、周囲のサポーターである。
体調不良で救急車を呼んでしまう日本。
本人にとっては緊急事態であって
決してタクシー代わりではないんだろうけど。
わたしのような仕事の立場にいても
全く自分と無関係の人が 搬送されたとか
入院したとか聞くと それはもう人ごとで
その受診や入院が適切だったのだろうかとか。
一体どこまでたどり着けば 人はゆっくりと
終わりに向けての準備が許されるように
なるのかとか。
医療が進みすぎて 本来ならまっとうできるはずの生命でさえ
踏み留めてしまったのではないのかとか。
死ねない
この国では死ねない
そんな風に感じるようになってきている。
回復したら また 生きていかないといけない。
独居高齢者が頑張らずして 平穏に
生きていくのは難しいとさえ思えることもある。
本人は内心どんな心情なのか。
病床で何を思ってるのか。
入院 治療 回復を心から喜んでいるのか。
本人にしかわからないことだ。
そんなことを思ったりしてるこのわたしも
いざ、体調不良の超高齢者を目の当たりにしたら
結局のところ、誰よりもスムーズに
医療機関へとつなげるわけで。
そこには 当然入院もある。
スムーズに!常に心がけるところである。
なんせタイミングを間違うと 次の日は無かったりするから。
高齢者の家へ通い詰める家族の側も
口には出さないが疲弊してることも多い。
私はというと
なんとか医療機関や入所施設へ繋げたことで
ほっと一息つく家族の心情とは裏腹に
本当にこれで良かったのかと自問自答する
こともしばしばです。
入院に関しては 可能な限り、本人の意思確認を
するようにしている。
実際、超高齢になるまで
周りに助けを求めず、頑張ってきた人に
入院の同意をとる瞬間の本人のあの顔は
毎回.........である。
人の世話にならず生きてきた人が
人の世話になることに同意する姿
本心はどうかとその心情を推し量る時
正直辛いときがある、と同時にこんな自分に
お願いしますと言われる姿勢には
頭が下がることがある。
これが 日本の現状なんだと思う。
自分の親のときはどうだろう。
自分たちの老いた時代はどうなっているだろう。
まぁ、そんなこと考えたりしてます(笑)
