さて 入りきらなかったので 東京日記その3。。

東京国立博物館を後にして

私が東京で知っている (多分に誤解はあったものの)
数少ないとても ”お洒落”な場所。。

原宿へ行ってみたいと駄々こねる私。。




原宿


原宿は竹下通り。。


修学旅行シーズンの京都みたいに

若い人でごった返した雑多な通り。。


そこから 一本通りを違えると

喧騒は消えて静かな街を味わえる。。


別の街のように静かな原宿のcafé。。

とても行きたかった場所のひとつだ。。



サンドイッチ cafe masumiya


少し場所が解らなくて迷ったのと 博物館で少し長居してしまったため

ランチの時間を過ぎてしまったのが少し残念だったけれど。。


サンドイッチも雰囲気もとても良かった。

アボガドの入った野菜サンドは美味しかった♪


ちなみに イギリスパンとライ麦パン(だっけ?)

どちらが良いかと聞かれるが


私にはどちらが何かわからなかったので勘で答えた。。




koituha france pan deshita


こんなのを想像して頼んだというのは内緒の話。。






表参道

東京は本当に街路樹が高い。。


その分街が暗いように感じるのは私だけだろうか。。

そして 誰もが忙しない気がする。。

道も。。人も。。



そのせいかどうかはわからないけれど

どの人もどの店も 今日を明日をと生き抜くために

必死になっているようだった。。



若者文化というものがあるのなら

多分この街はその現象。。

見ていて何か危なっかしいこの街に現れている価値は

文化と呼ぶにふさわしいものなんだろうか。。

諸々に急かされるように 表参道を通り抜けて思った。。




この街が後世に何か残すことは無いんだろうなと。。






明治神宮




雨上がり 霧に噎ぶ神宮御苑。。

玉砂利をざくざくと踏みながら散歩する。。

冷えた空気と遠くの喧騒。。

一種神秘的な空間は少し緊張するけれど心地よい。。





御社殿で参拝し 祈願する。。


2礼2拍手1礼。。

相変わらず私の”間”は人とは違う・・・

神様が ぷっと吹き出したかもしれない。。。

少し練習しておこうかと雑念が入る。。


神社にお寺 仏前墓前 人前瞑想 絵馬神籤

心に浮かんだ願い事は 様々に伝え伝わる。。




”自分で叶えるべき願い事”は声に出して皆に誓う。。


”自分で叶えたい願い事”は神様の前で心に誓う。。

”自分では叶えられない願い事”は神様に祈る。。

いつからか決めた私の中の決め事。。



今日の願い事は 神様に祈った。。





コーヒーを飲んでチョコクロワッサンを食べる。。

夕焼けを過ぎて空はすぐ暗くなろうとする。。

旅先の寂しい夕暮れはすぐに夜景に変わる。。


天気はいつも意地悪くするけれど 今日はいい日だった。




以上 いろいろと考えさせられた東京小旅行記でした♪




さて 今週末も東京出張。。



今度は東京のヨガスタジオにでも行ってこようか。。



BGM:Bohemian Rhapsody Song By Queen











さて 恥ずかしげもなく先月末の日記。。

もう10月か。。早いな。


9月末の話。。ゴッホ展 を観に行った。。


おそらくすごい人だろうなと思っていたのでずっと二の足三の足を踏んでいたが

とうとうやってきた最終日925日。。

少しでも人の少なそうな17時頃に入場する。。


さて 私は美術館に行くたび思うことがある。。


休みの日の美術館に入れる入場券っていうのを

1ヶ月に1回ぐらいオークションに出してみるぐらいの

茶目っ気をだしてほしい。。


それさえあれば 私の人生もっと充実すると思うのだけれどな。。

まぁ。。金銭面でかなり支障をきたすかもしれないけれど。。


何だっけ。。そうそう ゴッホ展♪


惹かれた作品の前に立ち

呆けたように描いた画家に思いを馳せるのが楽しい。。

どういう境遇で 何を思ってこれを描いたのか。

私は何に惹かれているのか。。

考えるほど作品のいろんなところが気になってくる。。

夜のカフェテラス

hosinokireinayorudeshita

太陽の照らす戸外を描く印象派の主流とは異なる点の一つ

おそらく彼はそれから外れることを知っていて夜を描いた。。


彼が描きたかったのはカフェテラスか。。


それとも浮かぶ星空か。。


浮世絵の甘美な夜の風景に魅せられた彼の

楽しげな筆致が面白かった。。

花魁

hokusaitennmoikitaidesu

たとえばとある旅雑誌の表紙を飾る綺麗な風景写真を見て 

私もこんな写真を撮りたいと思うことがある。。


だけれど 私はその本を写真に撮ったりはしない。。


たとえそうしても美しい写真が撮れるわけではないことは良く知っている。


なぜなら 昔やったことがあるから。。


惹かれるものに ただ近づきたくて

彼は子供のように 描かれた雑誌の表紙を模写した。。


「甘美で優雅で華やか。。ジャポニズムの全てが素晴らしい。。」


憧れへの陶酔は彼の原動力かもしれないし

ただのマイブームだったかもしれない。。


前者であればこれは彼が通った階段。。

後者であればこれは彼の通った迷い道。。


評価は自由だ。。確かに力の入った作品と思う。。

けれど 少なくとも私なら

自分が撮った雑誌の表紙を 誰かに批評してほしいとは思わない。。


公園の小道

satsukinomori

活き活きとした緑を前にすると

不思議と気持ちが高ぶってくる。。


それをありのままに描くことも

思いを内に秘めて影を描くことも彼にはできたはずだ。。

皐月の心地よい風と太陽を思い浮かべればよく解る。。


上機嫌で鼻歌を歌いながら川沿いの土手を散歩したくなるような爽快さ。。

彼の絵は浮き立つ気持ちを抑えられなかったある日の日記のようだ。。



夕暮れの風景

yuuguredokinosamisisani

夕暮れは孤独の象徴か。。


一般的にはそうなのかもしれないけれど

私の思いは少し違う。。



私にとって夕暮れは安息だった。


夕暮れはひとしきり思い出に残る。。


「紅に染まった世界に入り込み

深い深い闇に閉じるまでの一時の思い出。。」

そこには孤独もあるだろうし

寂しさもあるだろうけれど

そこに感動はあるだろうし

その強い感情に思い起こされる懐かしさもあるだろう

私は夕暮れを見たときは必ず思う


いつか 夕暮れを見ている今を思い出すときがくるだろう と


そこには孤独もあるけれど

紅色の世界に浸る喜びの方が深い。。




思い出に浸り思い出を残す世界を描いてから1ヶ月後

彼は人生を終えたそうだ。。


「紅に染まった世界に入り込み

深い深い闇に閉じるまでの一時の思い出。。」

そこには孤独を見る人もいるし

寂しさを感じるひともいるけれど

多くの人が感動を抱き

強い感情に懐かしさを思い起こす。。

彼の見た夕暮れに。。皆が賞賛の拍手を送る。。

以上 心に残った作品についてでした♪

さて 再来週には東京国立博物館 へ遊びに行ける。

楽しみ♪

雲を散らせた冷たい風が


私の前に落ちてくる


青い空よりも私が好きかい?


多分 そうじゃないだろうな




物事の多くは決まりと定めに従い


人の多くはしがらみと我が侭に従い


必然とは言えないまでも予想できる範囲を


行ったり来たり 動き続ける




風は雲散らし天を開き


開かれた天を魅せて 私を連れ出す


光絶たれ空に星が放たれ


放たれた星を魅せて 私を連れ出す




必然とは言えないまでも 予想できる範囲を


風に吹かれて行ったり来たり


一つ一つが私らしい


一点の曇りもない 日曜日









satsuki



まさに秋晴れの日曜日。。

あまりの空の高さにふらふらと外へ出て行く。。


やりかけの仕事。。ワードファイルの日付は一日伸ばしておく。。



3連休はどっちもこっちも人だった名古屋。。


私はいつものようにヨガに行ってジムに行ってふらふらと買い物をして

本を読んだり仕事をしたり勉強をしたり。。


別にどこかに遊びに行く必要もなく

ベランダでコーヒーを飲みながら外を眺めていたり

自転車でちょろちょろと遊びに行くだけで満足だった♪



そういえば 万博はついに一度も行かなかった。。

“人生一度は万博“といわれ続けたし。。少し残念だけれど

私はあの人ごみをニュースで見ただけで二の足を踏んだ。。

私には無理だ。。


代わりといっては何だけれど

“ゴッホ展” を見に行った。。

レポはまた追々♪




BGM:drive song by ketumeishi





kumohitotunaiaozora to building


さて 近頃やけに街で見かける機会が多くなった “ホワイトバンド”。。

巷の女子高生、サラリーマン方々はじめ 議員先生まで付けているそうな。。


私がなんだかんだいえる事ではないけれど

ここはあくまで人見頃♪ 思うままにつれづれと♪



ホワイトバンドプロジェクト というのは、


“貧困をなくすことを目的とする世界規模の市民運動”なんだそうな。。

市民運動とは「政治的・社会的問題の解決をめざして、特定の政治信条にとらわれず、

市民が公民としての自覚に基づいて行う運動」を言うそうな。。



そして ホワイトバンド販売による収益は、

「貧困生活者を直接支援するための募金ではなく

世界の貧困問題に対する啓発活動費、およびNGOなど市民社会組織やネットワークが取り組む

貧困問題の解決にむけた活動資金として活用される」そうな。。



つまり ホワイトバンドは “貧困をなくそう”という声を表す もの

プロジェクトは それを実現しようとする活動に役立てる資金を生み出すための もの

市民運動への参加意思表示と それに要する費用を集めるプロジェクトということだろうか。。




なるほど 確かに趣旨に賛同して 著名人が名乗りを上げる。。

市民運動に参加を表明する。。


なるほど 確かに趣旨に賛同して ホワイトバンドが巷に広がる。。

市民運動に参加を表明する。。

なるほど うまくいけば 人は救われるかもしれない。。

多くの人の意思表示 ホワイトバンドが実を結ぶかもしれない。。



それがそうなら良いことだろうと思う。。



さて 先に言っておくけれど 私は募金なるものが好きではない



それは 私がとてもわがままな人間で

そしてとても現実的な人間であるがため 

私が“為したいと思う”には必ず“対価”を求める人間だから。。



目にみえない誰かのために募金箱にお金を入れることに

私には何の動機も見出せないからだ。。




だから私の善意の発現は“私の目に留まる人“に対してしか為さない。。

善意を受けた人の喜びが 私の善意の動機なんだ。。




貧困をなんとかしなければということに異論はない。。

ホワイトバンドの収益が生み出す効果は多分大きいだろうと思う。。



だけれど 私はそれに賛同できない。。

私には その活動を心から望んでいる人の顔が見えてこない。


明日死ぬかもしれない彼らは そんなくだらない活動を望んでいない。。

そんな 命を総量で見るような くだらない活動を望んだりしてない。。

そんな市民活動に参加しようという 高尚な動機は私には沸いてこない。。



ほっとけない という思いは秘めて

世界を救うわけではないけれど 目の前の誰かに喜んでもらえるよう

私は生きたいと思っている。。



BGM:kiseki no hoshi song by keisuke kuwata&Mr.children