いつからか、映画のDVDを借りるのが毎週末の習慣になっている。。
本を読む時間は少し減ったけれどそれはそれで楽しい時間。。
“死神の精度”(内容がわかってしまうかもしれません。ご注意を♪)
とある法務大臣が死神と呼ばれた時より少し前の映画。
白い手袋に傘をもつ雨男の死神は、
時間を駆け、不慮の死に直面する人に会いに行く。
死を“可”とするか“見送り”とするかの判断を下すため。。
彼の判断基準は、“その人がやり残したことはないかどうか。。”
対象者と話をして、7日間、その生き方をみて、悩み、決断する。
生か死か。。
原則は”可”。。
しかし1件の”見送り”が人の運命を動かしていく。。
人が生きることはその周りの人に大きな影響を与える。
死神は その人の人生だけを決めるのではない。。
来年から裁判制度が大きく変わるそうな。
市民は裁判員として司法の判断に係る。
裁判員の判断基準は明らかでない。
求められているのは”世間の常識からみた妥当な判断の確保”。。
罪を犯したかどうかすら確信できない人間が、
罪の重さを計り、対象者の将来の時間にあてはめて罰を決める。
時に神様も迷うような判断を迫られる。。
選ばれた人は、その罪悪感に耐えていけるのだろうか。
今までその罪悪感に耐えながら判断を下してきた裁判官は、
“他者による多数意見”という、
今までと違った判断基準を持たされる。
自身は罪がないと信じる人に罰を与えなければならないこともある。
呵責に耐えながら。。
その罪は誰の罪か。どの罰がふさわしいか。
人の将来・その人の家族の将来・その人の友達の将来・・・
何を考えれば何が妥当になるのか。
多分人間に答えは解らない。
法務大臣としての職務を行なった彼と同じように、
誰もが死神と呼ばれるかもしれない。
誰もそんな役目を負いたくはない。
それでも人の世には、罰が必要だと思う。
神様だけでなくて人が判断した罰が。。
そんなこんなを考えさせられた映画でした♪
主役の金城武を瑛太だと勘違いして見てた私。
似てない?
写真はそんな難しい人の世の制度には全く興味のない顔のクラウ君♪
