藤原氏が隠した海の民
和歌山の紀州の海辺に残る
コノシロという
小さな魚の名前の豪族の話や
道成寺の
怪談話のように見えていたものを
手繰り寄せてまとめていくと
なぜか
1300年前の日本の
権力構造を裏から操っていた
藤原鎌足にたどり着くから
不思議です
今回は
大化の改新の中臣鎌足(藤原鎌足)の
隠されたルーツにまつわるお話です

岡田准一と小栗旬
このお二方の大化の改新
なかなか良かったですなぁーッ
また観てみたい
話は戻り
鎌足の母親は
海の民と呼ばれていた
塩屋の出身
鎌足は若い頃
母方の籍に入って
「中臣塩屋連鯔魚(いなわ)」と
名乗っていたという説があります
歴史の表舞台(通説)では
鎌足の母は大伴氏だし
鯔魚(いなわ)は鎌足とは
別人ってことになっているんだけど
和歌山では
少し話しが違ってくる

しかし
なんかね
蘇我氏の名前が動物なら
藤原氏は海洋生物の名前だらけで
笑けてくる
ちなみに
鯔魚(いなわ)は 、ボラ(鰡)のこと
そして
これまた
鎌足と混合されがちなコノシロは
鎌足からみて
母方の一族(塩屋氏)にいる
伯父さん(あるいは従兄弟)いう
ポジション
藤原氏というきらびやかな歴史の
スタートラインが
和歌山の魚たちのネットワークに
支えられていたことが一目瞭然
しかし
母親の実家であり
若き日を支えてくれた恩人たちを
鎌足は
あっさり裏切っちゃうんですよね
有馬皇子の変(658年)が起きた時
鎌足は
すでに中大兄皇子の絶対的な
最高顧問(腹心)になっていました

この事件は
中大兄皇子と鎌足が
将来の皇位を脅かすライバル
有馬皇子を
罠にかけて暗殺したというのが
正しい説なのだが
有馬皇子側に立っていた
叔父コノシロを
鎌足は助けなかったどころか
追い詰めて
処刑する側にまわっていた可能性が
極めて高い
事件のシナリオを描いた
あるいはすべてを知って
ゴーサインを出した張本人こそが
鎌足である可能性が高く
最初から「助ける」という選択肢は
鎌足にはなかった
古代の日本において
一族のつながりは重要なものだったが
それ以上に
朝廷のトップにあがることが
鎌足のすべてだったんでしょうね
もしここで
母方の一族(塩屋氏)が
謀反人の有馬皇子に
味方しているからといって味方すれば
鎌足自身も「反逆者」として
一族もろとも滅ぼされてしまいます
鎌足は冷徹に
塩屋一族(コノシロ)を切り捨て
中大兄皇子を選んだのです
逆に
コノシロ(塩屋氏)の側から見ても
鎌足は
中大兄皇子にペコペコして
権力を握った裏切り者に
見えていたかも
塩屋一族は
中大兄皇子の独裁政治に
かなりの不満を持っていました
だからこそ
心の優しい有馬皇子に寄り添い
彼を神輿に担いで
政権をひっくり返そうとしたのです
鎌足とコノシロは
親戚でありながら目指す国のカタチが
完全に真逆になってしまって
いたんですよね
このことがあって
コノシロは和歌山の藤白坂で
有馬皇子とともに処刑され
塩屋一族は
中央政治の表舞台から
完全に失脚しちゃいます
一方で
彼らを見捨てて
権力に寄り添い続けた鎌足は
死の間際に「藤原」の姓を賜り
子孫(藤原氏)は
平安時代に
全盛期を迎えることに
和歌山県の
塩屋周辺の神社が
ひっそりと廃墟化している風景を見ると
鎌足がまだ鎌子や
あるいは母方の姓で
鯔魚(いなわ)などと呼ばれていた頃
この美しい海辺で
のびのびと過ごしていた
幸福な時間があったとしたら
その思い出が
母親を一番苦しめたはず

都の権力という魔物は
こんなにも人間を
冷酷に変えてしまうのかと
変わり果てた息子の姿に
虚しさを覚えたのではないでしょうか
歴史の教科書には
最高権力者となった鎌足の
偉業しか書かれていません
その影には
実家と息子の血の決別を
ただ涙を流して見届けるしかなかった
母親がいたのでは…
そして
有馬皇子を命がけでかくまい
ともに散っていった
コノシロの事件こそが
あの道成寺の
誕生秘話なんじゃないかなと
なんとなく
そんなふうに感じています
安珍・清姫の伝説で有名な
和歌山県最古のお寺ですが
歴史の表舞台(正史)における
本当の設立の理由は
身内を裏切った藤原氏の恐怖と
その罪悪感、
鎮魂の祈りとしたほうが
どうも、つじつまが合うんですよね
和歌山の御坊や美浜、日高には
なんとも言えない
寂れた神社がたくさん存在します
1000年以上もの間
国や県からの援助が一切なくても
名もなき地元の先祖代々の人々が
「草むしりをする」
「朽ちたら小さな祠だけは建て直す」
そんな最低限のバトンを
意地だけで繋いできたからこそ
今も消えずに
残されているんですよね
消したいけれど
完全に壊したら呪われる
だから、ひっそりと存続はさせて
神職も置かずに隔離しておく
藤原氏側の
恐怖心のブレーキが働いたからこそ
神社そのものを
物理的に叩き壊して
更地にするようなことが
できなかったのではないだろうか…
一種の封印として
残されたというワケですね
鎌足が仕掛けた
天皇家と
親戚になるためのプロジェクトは
鎌足亡き後
息子の藤原不比等(ふひと)に
完璧に受け継がれました
不比等は
塩屋一族から養子に迎えた娘・宮子を
文武天皇の妃にし
次の天皇(聖武天皇)の
母親に就けることに成功し
皇族以外からは后を出さないという
古代の鉄則を
完全に崩壊させました
それ以降、藤原氏は
「天皇のおじいちゃん」として
日本を支配する摂関政治の黄金期へ
突入するんですよね
公式には
不比等の娘とされている宮子だが
和歌山の伝説では
漁師(塩屋氏)の娘とされていて
これこそが
不比等の仕掛けた
カモフラージュではないのだろうか
不比等にとって、宮子は同族の血筋
しかしながら
塩屋氏(海の民)であることは
都の人間には
絶対に隠さなければならない
秘密になりました
なぜなら、塩屋一族は
有馬皇子を担いで朝廷に反旗を翻した
反逆者(罪人)の一族だから
自分がプロデュースする
次の天皇の母親にする女性が
実はウチの親父が処刑した
反逆者(塩屋氏)の生き残りです
なんてことは
絶対に公式記録(歴史)には
残せませんものね

そこで不比等が仕掛けたのが
長髪姫伝説という物語だったというワケ
宮子は罪人の一族(塩屋氏)ではないよ
なかなか髪の毛が生えてこない
貧しい漁師の娘だったんだけど
海の観音様の奇跡で
髪が伸びた
神様に祝福された特別な女の子
だから
養女にして都へ連れてきたんだよ
こうして塩屋の血を
観音様の
奇跡の髪をもつ少女という物語で
包み隠し
書き換えたんですね
これは、あくまでも
ぷぅーこの妄想の中のまとめなので
信じちゃあダメですよ
和歌山の
道成寺や塩屋王子神社に行くと
ついつい当時の裏事情を考えちゃって
悶々としちゃうのよーッ
釣りに行く道中に
毎回そこを横切るもんだから
釣りをしている間も
海面を見ながら
ずっと妄想の世界をさまよってる
スピリチュアル的な何かを感じたり
霊的な何かを捉えたり
そんなパワーがあれば
答え合わせができたのかな
残念ーッ
(笑)

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