妻が夢に現れることなく1年が経った。

 

 

キメてる「ベッドから落ちるくらい熟睡してからっしょ」

 

ガーン「迎えに来る時は夢枕にお願いします」

 

 

1年前の今日を鮮度高く、生々しく覚えている。

 

いい意味で、気を遣い、尽くして、他愛もない話をする相手が居なくなり、

私の役目は終わったという気持ちにあまり変化はない。

 

色々な言葉と、私の持っている妻の記憶から様々な事を考え続けた1年であった。

 

・例え無かったとしても、頑張って生きた妻の魂はあって欲しい…

 

・天国でとか…

 

目から耳から得た事を色々な角度から考えたが、

日々の経過と共に何故かしっくりこない自分がいた。

 

実在しない過去に、自分の持っている妻の記憶をどう捉える事で、

常に「一緒にいる」と、おさまりがつくのかを考えてきた。

 

 

何をするにしても、妻の事を考えるし

 

(ある意味病気かも?)

 

考えると言うよりは、常に妻がいる。

 

兎に角「一緒に居る」とは、どのような心持ちでと考えてきた。

 

 

ニコニコ「うん、病気だね」

 

滝汗「えっ!?何患い?」

 

 

結局、意識せずとも何かにつけ考えてる時点で「一緒にいる」事だと思うし、

 

言葉としての聞こえは悪いかもしれないが…

 

適当に都合よく考える事が、

「一緒にいる」事だと思う。

 

日々の生活の中で、妻に話題を振り、妻ならこう答えるだろうと自問自答して心の安寧を図っているに過ぎないのかもしれない。

 

 

また、「時間が癒してくれる」という言葉も受け入れがたく、

 

前述したように何かにつけ妻を思っている自分がいる限り、

妻との時間が私と一緒に経過しているのだと思っている。

 

「天邪鬼とも言える、あなたの思いはぁ……フリーダァム指差し」

 

滝汗「誰?IWGPのキング?」

 

 

時間は誰にでも平等ではあるが、

公平ではないと思う。

 

過ごしてきた時間によって、人それぞれ考え方が違ってもいいのではないかと?

 

 

ちょっと不満「いつも言ってるでしょ、考えても仕方のない事は考えない」て。

 

真顔「自分、不器用なもんで…キリがなく考えるよ」

 

 

私の唯一の味方で理解者である妻を喪ったのも事実であるが、

 

今もなお、私は妻に守ってもらっているのも事実である。

 

これからも、色々な場面で妻の事で一喜一憂する日々が続くだろうが、

 

妻にはこれからも私を一喜一憂させてもらいたい。

 

ただ、私の感情よりも…

 

「なぜ?」「なんで?」「どうして?」様々な思いを抱きながらも、

一生懸命生きる為に勇敢な日々を生きた妻の事を、

私の感情よりも前提になければいけないと思う。

 

 

人生の半分以上を共にした「私の原動力」でもある妻を喪って、

 

(個人差はあるだろうが)1年経ったから…と、

振り返ってみても過ごしてきた時間を考えると適切な言葉が浮かばない。

 

これからも私は私らしく振る舞って、

妻と対話しながら、様々な場面で記憶を脳内再生させて日々をやり過ごす。

 

「妻がこうだったから」、「妻の為に…」、「妻に恥じぬよう…」云々、

 

妻のしてきた事を私も倣って…とかはない。

 

妻に出来た事を私が必ずしも出来るとは限らないし、

妻に対抗して肩肘を張る気持ちも毛頭ない。

 

意識せずとも、いつのまにか体に染みついてる事を実感させられる事が多々あるからだ。

 

知らんぷり「サブリミナル効果成功!」

 

滝汗「えっ!?いつのまにか洗脳されてたの?」

 

ちょっと不満「洗脳?!人聞き悪い事言わないで、手本…かな」

 

つらつらと書き記したが、理解に苦しむ話題だと思う。

 

つらつらと書き記したが、

頭では理解していても「恋しくて」未だに急に涙する事も往々にしてあるし、

理論武装してもふとした現実に切なさを感じる事も多々。

 

 

ニヤニヤ「体は大きくても中身は未熟」な、おっさんなもんで。

 

 

あくまでも個人的見解なので、大目に見て下さい。

 

 

悲しい「大らかな気持ちでお願いします」

 

 

ウインク「いつも守ってくれてありがとう、これからもよろしくpuko」

 

真顔「う、うん」

 

ゲッソリ「えっ?」

 

 

 またね…puko!パー