一人で飲みに行って居心地が良さそうな店を見つけたので、
母親を誘って行ってみた。
いくら歳を取ろうが、体が大きくなろうと、
母親にとっては幼いままの自分が見透かされてるようで、
母親と出かけるのは少し恥ずかしい。
私の頭の中では常に元気な母親がいるが、
母親も勿論歳を取る訳で、いつまでも普通の空気が流れてるとは限らない。
段々と遠出する事も躊躇いがちで、歩くスピードもゆっくりになった。
1ヶ月に1回会ったとしても、年に12回。
だからと言って、振りかぶってどうこうすると言うより、
機会を見つけようとは思う。
「いつまでもあると思うな…」ではないが、自分の気恥ずかしさより、
産んでくれた事への感謝を(気負わず程度に)前に立てないと。
以前は、母親も美味しいと満足してくれそうな店を見つけた時は、
妻と3人で度々飲みに行っていた。
妻は嫌がる事なく、寧ろ積極的で有難かった。
飲み始めは緊張していた妻も、緊張を紛らわす為にお酒が進み、
いつのまにか1人でいい気分になり、
義理の母に抱きつき始めたらお開きの合図。
母親も楽しそうだから良しとしよう。
妻は酔っても、中森明菜のものまねをする音量の7くらい声の音量が上がる程度で、
いつ酔ったのか分かりづらい。
酔ってもぐ打を巻く訳でもなく、楽しく飲む人であった。
いくら二日酔いになろうと会社へ必ず行くという、
酒飲みの根性と信念は未だに理解できないが…
義理の母親にも拘わらず、自分をさらけ出しすぎて母親に接してくれた事には
「感謝」の一言。
ありがとね、puko…またね!