今日夕方、衆議院が解散した。
参議院で郵政民営化関連法案が否決されたため、小泉首相が解散を宣言したためだ。
この解散、解散自体はすでに織り込み済みで、特に何だと言うわけではないが、解散自体、何か意味があるのだろうか?
参議院で否決され、なぜ衆議院解散なのか?
首相は参議院で否決され、郵政民営化関連法案が廃案になったというが、衆議院と参議院で議決が異なった場合、両院議協議会で協議後、衆議院にて2/3以上の賛成があれば可決されるわけだから、なぜそれを行わなかったのか?
また首相はこの解散を「郵政解散」と言っているが、私が去年のブログでも述べているように、首相は向いている方向が違う、つまり、今回の解散は「わがまま解散」もしくは、「だだっ子解散」さらにいえば、「無理を通さば道理引っ込む解散」であると言いたい。

自民党の多くの反対者は郵政の民営化を反対しているが、ここで私の立場を明確にしておく。
私は郵政民営関連化は大賛成である。
今日の世の中の流れから言って、政府は「小さな政府」を目指さなければならないと思う。
そう考えると、民間で行えるものは民間で行っていくのが、これからの政の形であると思う。
であれば、郵政然り、道路事業然り、年金事業すら民間で行えるのであるなら行った方がいい。
しかし、今国会にかけられた郵政民営化関連法案は、まさに実を伴わない骨抜きの民営化関連法案。
首相は郵政民営関連化が己の信念であるというならば、なぜこのような骨抜き感満載の法案を立案したのか?
そしてさらに抵抗勢力に駆逐され廃案になったのか?
私は、抜け道のない、完全な形の民営化であれば、諸手を挙げて賛成した。
長く閉口していた首相に対し、大いなる尊敬と賛同の拍手を捧げた。
しかし・・・実際は。。。

職を離れていたときに垣間見た小泉首相の虚像、どこまでいってもこの虚像は虚像のままで、そこからは何も産まれない。
パフォーマンスと響きの言い言葉でホントウのこと包み隠し、世論を煽動してきた、悪く言えば温いファシズムのようなこの4年3ヶ月、そろそろ国民はその響きの良い和音の中から抜け出し、この日本国が今現在直面している問題を直視してもいい時期ではないのか?
いつまでも怪しげな期待という不安先延ばしのぬるま湯に浸かっていては、やがてこの日本という国自体、その存在を無くしてしまう事態になりかねない、私はそう思う。


p.s.
そういえば、総選挙の投票日は9.11。
アメリカにとっては忌まわしき数字の羅列。
そう考えると、ある意味今回の解散、ある一人の首謀者が起こした、テロ的解散、そうともいえなくもないな。。。。