~向いている方向が異なっている~



前述からもわかるように、従来の首相はあからさまに派閥や党に顔を向けている。

しかし、小泉首相の場合、その顔の向く方向は国民である。

だが、顔を向けているといっても、国民のための政治を行うためでなく、いかに人気を獲得するか顔色を伺うところに重きが置かれているようだ。

これはどちらがいいというわけではない。ただいえることは、どちらも正しくはないということ。

きれい事だが、なんと言っても神髄はここで、何よりも早く、わかりやすく、言葉と政策の矛盾を気づかせることのできるところだ。

首相の言う痛みに耐えて云々、つまりは米百俵の精神、これはすばらしい考え方だとおもう。

しかし、政策を見てみると、赤字国債30兆突破を「その程度の公約違反はたいしたことじゃない」と切って捨て(まあ首相は「大事の前の小事」と言いたかったのだろうが)、自身の過去の勤務形態について「人生いろいろ、、会社もいろいろ、社員もいろいろ」とはぐらかしてみたり(その後ことある毎に「○○もいろいろ」と言っているところから心理学的に見るに、自身の発言に対する悔やみと後ろめたさを、その言葉を日常化することで自身の発言を正当化させようとしていると思われる)と、だいぶ言葉と政策の矛盾さを露呈している。

また、露呈しているのは矛盾だけではない。

それは非を認めない姿勢である。

首相は自分の行ったことがたとえ間違っていたとしても、決して訂正もしないし謝りもしない。非を正当化させるためには労力を惜しまない。

そしていつしかそれが当たり前だったかのような錯覚を起こさせていく。