今日、親友の父親のお通夜へ行ってきた。
親友は気丈に喪主を務めていた。
人は産まれたときから毎日毎時間毎分毎秒、死ぬその時のために生きる。
命は限りあるものだけど、限りある命が燃え尽きるその時まで、人は生きた証を残すために必死に生きる。
今こうして、さして「生」意識せずに安穏と今を過去に変えている我々も、明日とは言わず今日、いや、今この時を最後に生を終えるかも知れない。
その時、自分が生きた証はあるのかな?
この世界に自分が存在したという確かな証を残せているのかな?
ふと不安になる夜だった。
親友は気丈に喪主を務めていた。
人は産まれたときから毎日毎時間毎分毎秒、死ぬその時のために生きる。
命は限りあるものだけど、限りある命が燃え尽きるその時まで、人は生きた証を残すために必死に生きる。
今こうして、さして「生」意識せずに安穏と今を過去に変えている我々も、明日とは言わず今日、いや、今この時を最後に生を終えるかも知れない。
その時、自分が生きた証はあるのかな?
この世界に自分が存在したという確かな証を残せているのかな?
ふと不安になる夜だった。