出産
13日の金曜日。私の息子、汰一郎は産まれた。出産費用を安く済ませようと、鄙びた都立病院を選んだものだから、散々な目に遭った。病院にもしっかりとした冬季休業があり、年始の検診や分娩が殺到した。そのせいか、初産にも関わらず「心拍が途切れている」とか何とか言い掛かりをつけられ、産まれてくる気配も全くないまま翌日無理矢理分娩台にあげられた。前日の夜に仕込んだ風船のようなものが産道を圧迫し、誘発剤の濃度が強くなるにつれ激しい陣痛が襲ってくる。手足が硬直してきたので、鼻にチューブを挿し、酸素吸入までもした。誘発剤の効き目が凄く、もう我慢が出来ず、子宮口が十分に開かないまま分娩を開始。三台の分娩台をあっちこっち行き来する助産婦に腹を立て、「ここにずっといてアドバイスして下さい」って何だか立場が逆転している。私は頑張った。褒められるし、なによりも心臓が悪いかもしれない子供に負担をかけまいと。分娩時間はたったの33分。青いビニールシートに乗せられたシワシワのちいちゃな我が子。やっと会えた!信じられない
出来事だった。私が赤ちゃんを産むだなんて!
出血多量。傷を閉じ、三時間分娩台の上でそのまま休んだ。その間、傷口を圧迫されたときの純情ではない痛みについて、医者は首を傾げていた。病室へふらふらになって移動して食事をとりおわった矢先、傷口の検査をしてもらい、結果、再度傷を開き血腫がないかみるという。出産直後の母体へのダメージを少なくするため、全身麻酔をするという。もうなされるがまま、考える気力もなく体を委ねるだけだった。麻酔の匂いを感じながら、深い眠りに陥った。目覚めたのが夜9時半。7時間は眠っていたことになる。
その間、医者が何の説明もないまま手術を施したことに夫と弟は状況の説明や責任を求めた。「私は脳外科も兼任していてそちらで命に関わる患者の治療にも携わっています。」が口癖の女医。だからこちらが疎かでも仕方がない、、、ということか。結局術後の傷口は退院して一週間も経たないうちにパックリ開いてしまった。もうあんな処へ責任を咎めても仕方がない。私は子供を抱いて、怒りで体を奮い立たせ、全身に気合いを入れて、薬局でリバノーゼとガーゼ、そして外科用テープを買いに行った。戦時中ならばミルクもない、火な中をとんなに自分がボロボロであろうとも、我が子を守らなくてはいけない。ましてや自分の傷なんて。そんなことを思いながらはをくいしばって自分で治療することにした。
一ヶ月が経ち、例の女医に割れた傷を嫌味にもみせに行った。「あ~きれいになおっていますよ~」って、どこがだ!!!?
この怒り、どこにぶつけるべきだよ!国も人もみんな、、、
そして保育園にも入れてもらえなかった。嘘の申告を摘発することを怠る役所にたちこもって抗議する、どうしょうもない自分が情けない。
子供を産めない、育てられない環境に誰がした?
出来事だった。私が赤ちゃんを産むだなんて!
出血多量。傷を閉じ、三時間分娩台の上でそのまま休んだ。その間、傷口を圧迫されたときの純情ではない痛みについて、医者は首を傾げていた。病室へふらふらになって移動して食事をとりおわった矢先、傷口の検査をしてもらい、結果、再度傷を開き血腫がないかみるという。出産直後の母体へのダメージを少なくするため、全身麻酔をするという。もうなされるがまま、考える気力もなく体を委ねるだけだった。麻酔の匂いを感じながら、深い眠りに陥った。目覚めたのが夜9時半。7時間は眠っていたことになる。
その間、医者が何の説明もないまま手術を施したことに夫と弟は状況の説明や責任を求めた。「私は脳外科も兼任していてそちらで命に関わる患者の治療にも携わっています。」が口癖の女医。だからこちらが疎かでも仕方がない、、、ということか。結局術後の傷口は退院して一週間も経たないうちにパックリ開いてしまった。もうあんな処へ責任を咎めても仕方がない。私は子供を抱いて、怒りで体を奮い立たせ、全身に気合いを入れて、薬局でリバノーゼとガーゼ、そして外科用テープを買いに行った。戦時中ならばミルクもない、火な中をとんなに自分がボロボロであろうとも、我が子を守らなくてはいけない。ましてや自分の傷なんて。そんなことを思いながらはをくいしばって自分で治療することにした。
一ヶ月が経ち、例の女医に割れた傷を嫌味にもみせに行った。「あ~きれいになおっていますよ~」って、どこがだ!!!?
この怒り、どこにぶつけるべきだよ!国も人もみんな、、、
そして保育園にも入れてもらえなかった。嘘の申告を摘発することを怠る役所にたちこもって抗議する、どうしょうもない自分が情けない。
子供を産めない、育てられない環境に誰がした?
起き上がれ!
秩序を失って、地べたに尻をつき座り込んでいる老女。
背中に何かをしょったまま仰向けになり、口をあけたまま眠り込んだ老女。
彼等にはそうせざるをえなかった様々な理由があり、そして彼等にも親がいた。
かわいい産声をあげ、まだみぬ将来に期待を膨らませた時代もあった。
私は溢れてくる涙をぐっとこらえて通りすぎた
ちょっとしたマスコミ論
6月に撮影をした番組が今日ON AIRされた・・・・
子ども達の出番は多かったけれども、子ども達だけがよくたって
作品全体が良くなければやっぱり、残念。
色んなしがらみで、スタッフだって自分達の思うようには出来ない部 分もあるのだろう・・・
そういった意味でも映画に携る監督らはもっと自由に表現ができるのだろうか。
テレビに表現の自由から生まれる芸術性、独創性、そして共感できる身近な感覚を奮い立たせる何かを求めても無理のような気はする。
