月夜のサーファーガール-その2-
・・・前回の続きを書こうとしている。
が、長い話になるので、端折って、端折って、更に端折らないと、到底ザッと読める長さにはならない。
それでもそこそこ長い。さらに2回に分けよう・・・実は小分けにしないとうまく時間がつくれないだけの事だ・・・
念のため、退屈だし、何の役にも立たない宣言をしておく。
それこそ雑記だ。
印象的に覚えているコト、多分そんな会話をしたであろうコトを繋ぎ合わせた。
いざ書き出すと、意外なほど些細なことまで思い出す自分に驚いている。
僕は大学に入ってからしばらくの間、短期バイトを渡り歩き、生活費を賄っていた。
その後、待遇の良いバイトを見つけ、なんとかそこに潜り込む事が出来た。
息つく暇もないほど忙しい店だったが、居心地は良かった。
在籍スタッフ約300名、同時間帯に勤務するスタッフは約150名という大所帯だった。
その中に一際目を引く女性がいた。
彼女はある大学に通う三年生だった。
僕は一浪しているので、彼女とは一歳しか違わない。
だけど何事においても、彼女は僕より遥かに大人びていた。
・・・二十歳を超える人間に、大人びるというのは、少しおかしいか。
おおよそいつも明るく、日に焼けた肌にサーファーカットが、とてもよく似合う女性だった。
バイト仲間たちは、一種の憧れをもって、彼女のことを月夜のサーファーガールと呼んだ。
勿論、月夜に海に行くわけではない。
月夜というと、どこかミステリアスな美しさを連想する。
そういう事なのだろう。
ついでながら、彼女は海によく出掛けていたが、サーフボードは思い出したようにしか持ち出さなかった。
それよりも、僕には暇さえあれば本を読んでいる印象の方が強かった。
彼女も多くの学生と同じように、四年の九月に入ると就職活動で忙しい日々を過ごすようになった。
そして、間もなくそれなりの企業から内定をもらった。
彼女は「それはそんなに嬉しい事でもない」と言っていたが、最終的に内定をもらったその企業に就職する事になった。
就職してから、彼女は大切なものを失ったかのように、何かを深く考え続けていた。
そして、勤めはじめて一年弱で退職願いを出し、その春、大学院に進んだ。
その後-多分五、六年後-案外すんなりと博士号を取得し、助手の仕事を得た。
その間に僕は、大学を卒後し、ある企業に就職したものの、全然面白味を感じなかった。
・・・つまり、あっという間に退職した。
それは一瞬のうちにかつてのバイト仲間の耳に入り、彼女から「兎に角、いつもの喫茶店に来なさい」と連絡があった。
その日、僕は覇気のないまま彼女と約束をした喫茶店に向かった。
喫茶店の扉を開けると、いつも座る窓際の席で本を読む彼女の姿があった。
それが、何故かとても懐かしく思えた。
僕は、黙ったまま彼女の向いに座った。
「クラブハウスサンド、食べる? アイスコーヒーでいい?」と彼女は言った。
この店のクラブハウスサンドは分厚くてとびっきりおいしかった。
彼女は返事を待たず、マスターに合図をした。いつもの事だ。
黙々とクラブハウスサンドをかじる僕に「ねえken、何をしたいか分からないんでしょ」と、彼女が言った。
僕は肯いた。
「そんなに落ち込むことはないと思うよ。きっと多くの人は、胃が痛むようなストレスの中で会社勤めをしているのよ。私がそうだった。病んでまで勤める事もない」と、彼女は言った。
僕は光の届かない井戸の底にいるような気がしていた。
彼女は続けた。
「天職なんていうものはないと思う。たまたま就いた職業でも、やっている内に面白くなってくるものもある。そしたら、どんどんそれを突き詰めて行くと思うの。で、気がついたら、それなりにその道のプロになっている。それで、これが自分の天職だなんて思うわけ。きっとそれだけのこと」
(先日、養老孟司氏の動画をみている時、氏が同じような話をなさっていたので少々驚いた)
「そんなものかなあ」
「人の思考感情なんてそんなものよ。だからね、やってみても良いかな? と思うものに行き当たるまで、あちこちの扉を開けてみるしかないの」
「ずっと、見つからなかったら?」
「大丈夫、人ってね、意外に守備範囲は広いのよ。脳は簡単に騙されるのよ。それに何者かになる事が大切なんじゃないと思うよ。やりたいことをやったという事のほうが、ずっと大切」と、彼女は真顔で言った。
「分かる気がするけど、それを咀嚼するには、随分時間が掛かると思う」と僕は答えた。
この時の禅問答のような会話は、未だに僕に影響を与え続けている。
---------続く--------