レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -482ページ目

SFの父、H・G・ウェルズを読む

信じられない早さで、師走に突入した。

ちょっと、待っておくれと言おうがどうしようが、時は経つ。

果たして、時間というのは、

万物に対して常に一定に流れていくものなのだろうか?

と、考え込んでしまう。

僕たちが普段意識している時間というものは、

自然時間ではなく、絶対的な観念を持つ人工的時間なのだろう。

それが、正しいとか間違っているとかではなく、

もはや、その基準がないとあらゆるものに支障をきたす。

「ゾウの時間、ネズミの時間」という本(以前にも載せた)があるが、


ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学 (中公新書)/中央公論社

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それによると、感じる時間の速さは、個体によりまちまちだという。

どうやら鼓動の速さに比例するらしい。

僕はそういった考え方のほうがしっくりくる。


はたまた、時は過去から未来に向かって流れるものだというものに対して、

時は未来から過去へと流れているという考え方もあるようだ。

前者は、過去の積み重ねが、現在をつくる。

常に自分は因果により、流れていく。

後者は、自分は現在という一点に立ち、

未来から流れてくるものを拾ったり拾わなかったりする。

そこには、因果はない。

うまく両者間の考えを行き来すると、

良心に従い前向きに物事を考えていけそうな気がする。



明後日の方向から書き出した為、書くつもりだった事が飛んでいた。

子供の頃、TVで「タイムマシン」という海外映画を観た。

その「時」を行き来できるマシンに、

ものすごい憧れをもったような記憶がある。

10年ほど前、リメイク版タイムマシンを観て、

原作ってどんなのだろう?と思いながらも、

いつの間にやら忘れていた。


先日、店の棚整理をしている時に、その翻訳文庫を見つけた。

S41年発行角川文庫「タイムマシン」
$疾走する古本屋!成穂堂〔なるほどう〕店主の苦悩と爆笑の日々-タイムマシン


わざわざ、ビニール袋に入れて保管してある所をみると、

いつか読もうと思って棚に置いていたのであろう。

早速、読み始めているが、ぐいぐい引き込まれる。

H・G・ウェルズ(1866年生まれ)著 1895年発行。

この本にはタイムマシンの他、6篇が載せられている。

117年も前の作品なのに、

時空の観念は現代とさほど変わらないのではないかと思う。


さらに1898年には「宇宙戦争」が発行されている。

「インデペンデンス・デイ」などもそうである。

まさにSFの父である。


こういった本が、唐突に目の前に現れる。

自分でいうのも何だが、

これが古本屋の醍醐味というものではなかろうか。

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