レトロショップ成穂堂ケンの苦悩と爆笑の日々 -190ページ目

2108年師走、成穂堂特別増刊号!店内激写版!

猫の手も借りたいくらい忙しい。

出来れば自分のクローンが数体あって欲しいと、本気で思う。

そんな事でかなり久し振りの記事となった。

 

これが今年最後の記事になるかも知れない。

 

「激写」と銘打っているがウソである。

殆ど、店の写真はアップした事がないと思うので、

少しばかり売り場の写真を散りばめてみた。

中には以前撮ったものもある。

 

片田舎だが、興味のある方はふらりとお越しください。

 

 



 

年末が近づくと、今の地に店を移転させた時の事を思い出す。

成穂堂は、10年程前この慌ただしい時期に引越しの準備に入り、

正月明けから本格的にその作業に入った。

それはうちにとって、大きな決断だった。

引越しにあたっては、沢山の人達が応援に駆けつけてくれた。

本当に有り難かった。

その後、実に色々な事が起こり、倉庫としてではなく、店舗としての店づくりを始める事になった。

これも大きな岐路だった。

 





 

 

 

きっかけは、骨董の師匠の引退だった。

引退のお話の時

「kenさん、この辺りは骨董がよく出る土地柄や。おもろい世界やで。ちょっとかじってみるかえ」

そんな風な事を師匠が仰った。

僕は考えるよりも前に「はい」と、答えていた。

 

 

 

 

 

 

前々から、ブロカント的な我楽多屋をしたいとは思っていたが、ずっと踏み切れずにいた。

問題は二つあった。

一つは本を8割がた片付けないと、売り場はつくれない。

それには、気の遠くなるような作業が必要だという事。

もう一つは、古道具の目利きの問題だ。

僕がそれを問わんとする前に、師匠が「目利きの心配はいらん。ワシが教える」と。

そんなこんなで、終わる事のない店づくりがはじまった。

それから5年が経ち、少し形が見えだした。

 


 

 

当初は本を半分程カットし、徐々に予定の8割までカットした。

・・・が、現在は少し増えている。

本買取の問合せがあると、どうしても受けてしまう。

これは、なんだその、古本屋としての血がそうさせるのである。

仕方ない。




 


 

実は今の店には、扱いたくはないが置かざるを得なかった品がたくさんある。

来年は、思い切ってそれらの商品を整理しようと思っている。

今のように品種品目毎に分けただけの陳列はどうも面白くない。

店も物語がないと、ワクワクしない。

しかし、僕一人が走り回った所で、出来る事はたかが知れている。

そこで、思いついたのが二男の大学だ。

二男の大学にはちょっと面白い連中がいる。

彼らには常に新しい企画に取り組む姿勢がある。

先日、二男にその話をしたら、早速何人かがうちの店づくりに興味がある、

ついては詳しく話が聞きたいと回答が戻ってきたらしい。

これを逃す手はあるまい。

この際、彼らを巻き込んでしまおうじゃないか。

 




作っては壊しを続けながら、ほんの一握りの光るものを探し出す。

店づくりとはそんな事の繰り返しだろうと思う。

古道具をモノとして見ると、そんなものあってもなくてもどうという事はない。

それを扱う古道具屋も同じである。

その品を手に入れる事によって、何がもたらされるか?

その店を訪れる事によって、何がもたらされるか?

それを考えた店づくりをしないと、いずれどのような店でも潰れる。

何か小生意気な事を書いてしまった。

 

 


 

さて、この売り場が来年一年でどう変わっているか?

始まる時があれば終わる時があるが、

終わる時があれば始まるときがあるのだ!