2月23日、24日は魔法の教室タマちゃんの基礎講座、自己実現講座でした。

 

アーカイブでは観ていたが、12月にタマちゃんが一瞥体験をしたということで、自己実現においてエゴの部分を除いて、バージョンアップさせたという事だ。

 

私も2回ほど不思議な体験がある。

 

1回目は、40代うつ病の時、仕事中、具合が悪かったが、西野式呼吸法に行ってみた。

 

技の名前は忘れたが、不思議な感覚に包まれた。

 

あんなに具合が悪いのに、私の身体は動いている。

 

そして、そこにはSomething Great の存在を感じたのだ。

 

そしてもう一回は、2018年MRTに行き始めた最初の年の8月、とても、明るくて清々しい気分を味わっていた。

 

私にとって、8月は誕生月なのに、今まであまりいい感じの月ではなかった。

 

テレビでは、日本に2回原爆が落とされた月、日航機123便が御巣鷹山に墜落した日、誕生日は終戦記念日だし、お天気もなんかどんよりしている感じ。

 

しかし、その月は違っていた。なんかすごく清々しいのだ。雰囲気も明るい感じに捉えられた。

 

そして何よりも、広島って、原爆落とされて、霊がたくさんいそうで怖いから行きたくなかった。

 

しかし、その月は、広島行ってもいいかなっていう気分になった。

 

と他愛もないことだが、その気分も、8月が終わるとともに普通に戻ってしまった。

 

ヴェシカパイシスというのは、シャネル等のロゴに使われているあの幾何学模様。

 

両側の丸は、陰と陽を表している。そしてその真ん中は、陰でも陽でもない世界。

 

タマちゃんは、そこから、TUFTYに書かれている、意図の三つ編みの先端から、この世をみると自分は、仏壇またはお化けになった感じがする。そうすると、この世には感謝しか感じられなくなるのだ。

 

TUFTYは、難解な書ではあるが、読んでいても不快さはない。

 

私の体験は、上の二つしかないが、なんかそれに似ているのかなと思った。

 

今の多くのスピリチュアルは、いい事がひたすら引き寄せられますように、という事だが、それは、人間のエゴ。

 

陰も陽も十分に味わってこそ、この世を味わえるのだ。

 

クリエイトアバンダンスにいた頃、ひたすら、感謝をすればよい波動を引き寄せられるという事だった。

 

なんか、ひたすらみんな心から感じてないのに、感謝、感謝と無理くり感謝をしていて、気持ち悪かった。

 

ハワイの秘宝ホオポノポノの、ごめんなさい、許してくださいは、南国ではない日本では、ちょっと重過ぎるのではないかとおっしゃっていた。

 

私が伝えられるのはこれくらい。

 

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薬中の二人にダークサイドに引っ張られまくり、自分を立て直すために、また、MRTの半年パスを買ってしまった💦

 

私は、MRTはあくまでも手段として使っっているだけであり、うつ病の時やっていた西野式呼吸法にも戻りたいと思っている。

 

しかし、ここもどうなんだろうね。150歳まで生きると豪語していた西野皓三氏は、97歳で死去。ワクチン射っちゃったんだろうな。

 

戦争終わるまで、医学学校にいたくらいだから、医学は崇拝していたんだよね。

 

さて、話をMRTに戻そう。

 

MRTのアプリカントのFさんという人が、リーディングセラピスト丸山先生に掛け合ってくれて、少人数ではあるが、お話会を開いてもらっている。

 

あのマウントおばさんI主催の交流会は、まっぴらごめん。

 

しかし、主催者はFさんであるのに、またいろいろとお話会の後に口出しをしてきて、丸山先生に叱られている。

 

お話会の後の我々だけのお茶をしている時にもやらかしている。

 

主催者のFさんに、私達についてるのは、守護霊と主護霊❓

 

などと、丸山先生がお話会の時におっしゃった事を、いかにも自分は一生懸命復習しています感を出していた。

 

その前に、丸山先生が言っていた事を忘れている。

 

頭で考えてはダメだと言われたじゃないの❓

 

Fさんが困った顔をしていて、気の毒だった。

 

分からない事をそのままにしておく事を、ネガティブケイパビリティというそうだ。

 

素敵な言葉じゃないですか?

 

今の風潮は、分からな事はすぐ調べろというけれど、あせらなくてもいいんだよ。

 

顕在意識の100万倍の力をもつ潜在意識が、ちゃんと答えを見つけてくれるから。

 

 

アメンバーじゃない方には、申し訳ないが、モラハラについて書きながら、弟は母をモラハラで殺してしまったようなもんだと思った。

 

そして、全く家族の同意も得ず、他人の物を廃棄、母のお金でリフォーム。これは、立派な暴力だろう。

 

私を3年間締め出し、母には罵倒の毎日。

 

母は、一人で住みたいとつぶやいていたが、住むところのない弟と一緒に住むことを選んだのは、母だ。

 

私は、母に自分でこれからの事を選ぶように、相続は100%母にした。

 

しかし、モラハラを死ぬまで受けることを選んだのは、母だ。

 

私にはどうしようもなかった。

 

遠くから、分かっていても、どうしようもなかったのだ。

 

ホロスコープでは、母は100歳まで生きる可能性もあった。

 

私が面倒を見ていたら、確実にもっと長生きしていたはずだ。

 

弟に聞くところによると、母は12月25日に買ったばかりのシニアチェアで遊んでいて、腰を打ったのが引き金だったらしい。

 

しかし、腰を打つまでどんな所で寝ていたのか?部屋に暖房入れてくれていたのか?

 

寝たきりになって、やっと、マットレスを買ってあげたそうだ。

 

寝たきりになっても、医者には連れて行かなかった。

 

なくなる朝の1月24日にやっと往診の予約を取っていたそうだ。

 

悪い予感がして、固定電話に電話しても電話には一切出ず、どうなってるのか知りたくて、夜に部屋の電気がついているかだけでも見に行こうと思っていた。

 

母は、電話してくる時は、弟がいない時に電話をしてきた。

 

最後に弱った時、電話した時も、同じセリフを言っていた。

 

弟は、母の電話履歴もチェックしていたに違いない。

 

せめて、母の死顔が、安らかだったのが救い。