犬達の散歩をしている時、道の反対側に何か気配を感じたので

なんだろうと思って行ってみた。

すると、20cmくらいの亀が、水槽の中にいて

ゆ~っくりとこちらを振り向いて首を伸ばして私を見上げてきた。

水槽の大きさは、その子がやっと向きを変えられるくらいで

水は深く濁った緑色。

甲羅干しできる石などは置かれていない。

 

いつからこんな状態で、この子はここにいるんだろう。

ときどき通る道で、水槽は道路から見える場所に置いてあるのに、

その亀の存在に気がついたのは一月ほど前のことだった。

気になるので、時折のぞいてはみるが

水も替えられていないように思う。

亀って、こんな飼い方でいいんだっけ?

そう思って,少し調べてみた。

やっぱりそうだよね、あんな風じゃ、いけないよね。

 

もしも、その亀が、そのお家の人にとって、

「できれば、いなくなった方がいい存在」ならば

引き取って…と考えてみた。

 

例えば、お昼間はベランダに、

車が出入りする時に使うスロープなどを置いて水場に

自由に出入りできるようにして

夜は水槽に入れて室内へ移動させるとか…。

それが、充分な飼い方でなくとも、現在よりはずっと

いいんじゃないだろうか。。

 

しかし、問題がある。

一番問題なのは、私自身が、亀を触れないことだ。

何年か前に、主人が知り合いの亀を1週間ほど預かったことがあるが

その間、私は、一度も亀を触ることができなかった。

きらいではないのだが、どうしても触ることができない。

そして、もう一つの問題は、もう今以上の生き物の世話は、

家族の誰にも負担を強いることはできないということだ。

うちの現在のキャパはシニア犬7匹、猫1匹、ハムスター2匹で精一杯である。

 

ごめんね、亀よ。

 

 

 

私は冷たい人間なのかもしれぬ。
どうしても、こういう人の心には、寄り添えない、
と思うことがある。
動物や人を虐待して殺すような人の心には
どうしても、寄り添えない。
その人が過酷な環境で育ったから、そんなことをしても仕方ないとか、
或いは、暴力を良しとする環境の中だけでしか
生きることができなかったのだから仕方ない、とは思えない。
それを、仕方ない、と言ってしまえば、
全ての犯罪は、仕方なかったことになると思うから。

例えば、スーパーで常習的に物を盗んでいた人がいるとして、
その人が物を盗むに至ったのには、それなりの生い立ちが
あったのだろうと、配慮するべきだろうか。
お年寄りを引き倒して踏みつけて骨折させ、
バッグを奪っていった人にも、
それなりの生い立ちや事情があるのだと、同情すべきだろうか。
詐欺や収賄、窃盗、強盗等々、それぞれの犯罪を犯した人の
生い立ちを、慮り、心を寄り添わせる…
う~ん、やっぱり、私にはできない。
(この際だから言うと、少年法は、もう不要だと思います)

もちろん、人は、時に不注意などで、過ちを犯してしまうことがある。
もしくは、本当にのっぴきならぬ事情、
例えば、痴呆の妻の世話をしている夫が末期の病になり、
他に身寄りがない為、悲観して妻を殺してしまった、
などは同情するし、涙を禁じ得ない。
(こういった場合は、その人の心の根底に、悪意を感じられないから)

話は少し逸れて…。
先日、小型犬を虐待しているという動画が問題になり、
その後、全て削除されたということだけれど、
削除されたからといって、虐待そのものがなくなったわけではない。
あの子はどうなってしまったんだろう。

…世界中で、人の手によって苦しめられ、殺される生き物がいない瞬間って
あるんだろうか。
人というものが存在する限り、地球は血まみれのような気がしてきて
気が滅入る。
けれど、滅入ってばかりいては
犬達にも、悪い。

悪い、と言えば…この、何の面白みもないブログを
読んでくださった方がおられるという…
思ってもみなかったことに、驚き、そして ただただ、
その方の貴重な時間を使って、読んでくださったことに
悪いな、申し訳ないなと思うと同時に、感謝しております。
本当に…、人と話すのも、こうして文章にするのも苦手な者の
下手っぴで、ぶっきらぼうな文賞を読んでくださって
ありがとうございます。


*ピーコのことは、まだ思い出すと辛い時もありますが
少しずつ落ち着いてきました。
最近、「くまのパディントン」シリーズを読んでいます。
こうして、手軽に気晴らしできるのって、幸せだなと思います。
ピーコが死んでから一ヶ月経った。

一年前は、ピーコは一番元気で、
一番最後に送り出す子だと思っていた。

ピーコは3歳をすぎてから、うちに来た。
当初、人を怖がり、抱っこするともらしてしまうほどだった。
避妊手術は、落ち着いてから、した。

去年の夏、ピーコのお腹の一番下の方に
小さなぽつんとしたものを見つけた。
色は、皮膚の色と変わらない。
大きさは、ピーコの乳首よりも小さいか、同じくらい。
病院に行き、様子を見てみるように言われてから
一週間から10日程で、大豆くらいの大きさになった。
色は、薄っすらと赤みがさしていた。
病院のお盆休みが終わってから、手術を受けた。
検査には出さなくてもいいでしょうと言われたので
検査に出さなかった。
抜糸して、安心していたら、また大豆くらいのものが出来て
再手術となった。
おかしいと思ったので、検査を頼んだ。
結果は、浸潤性の高い腺管癌(乳癌)だった。

最初の手術で、「出来るだけ広く、深く」
組織を切り取ってもらっていれば、
もう少し長く生きていられたのかどうかは
わからないが、心が残る。
二十数年ほど前、乳癌になった子の手術に際して
慎重であった獣医さんだったから、
ピーコの手術をわりと簡単に決めたのは、
そんなに深刻なものではないからだろうと思っていた。

ピーコの病気のことを、ある人に話したら
「1歳になるまでに、避妊手術を済ませていれば
乳癌にはならないですよ。」と言われた。
その人は、ピーコが3歳をすぎてから来たのを知らなかったので
無理もないが、少しこたえた。

いつの頃からだったかは覚えていないが、
避妊、去勢手術が、いくつかの病気の予防になると
あちこちで目にして久しい。
(大型犬については、1歳までに避妊・去勢手術を受けると
問題が出てくるおそれがあるので注意が必要とのこと。
小型の犬でも、血が止まりにくい子などもいるから
簡単と言われている手術ではあっても、
覚悟して臨むべきかもしれない。)

いつの日か、今いる子らを
みんな送り出した時、
自分の年齢や経済状況、環境を考慮した上で、
可能であれば、
ピーコと同じ犬腫の子を迎えたいな、と思う。

          * * *

友人のところに、子犬が来ることになった。
ずっと、保護犬で探していたが、どうにも縁がなく、
売れ残っていた子を迎えることにしたのだった。
友人は、「ずっと、次は保護犬でって、思ってたんだけど…」
と、心苦しそうに話していた。
何の問題もないお家。
というより、こんなに大切にしてくれる家ばかりだったら
どんなに良いだろうと思えるような家庭だ。
本当に、縁がなかったんだろう。
ショップで、売れ残っていた その子に縁があったんだ。
ショップで売れ残っていた子、その母犬がどんな環境にいるのかは
わからない。辛い状況かもしれない。
せめて、子犬だけでも、幸せになって欲しいと
願うのは、間違っているだろうか。