会社の20代の友人と

ランチを食べていたとき、
苦労が身につく人、
苦労が身につかない人、
の話をしていた。
「そういえば、
杉良太郎さんは、貧しい
家に生まれて歌手になるまで
すごく苦労してスターになってさ、
彼は今、ベトナムの親のいない
子供たちを81人も養子にしたり、
刑務所の慰問を50年も続けたり
してるらしくて、、。
そういう人のことを苦労が身につくって
言うんだろうね~」
と話したところで、
友人は、ちょっとぼんやり顔。
あ!そか、
杉良太郎を知らない世代だ。
東山の金さんの最初の頃、
やってた人で~
って杉さまの説明をしている自分に
年取ったのね
私も、、と思った
私も、、と思った昼下がり。
そのあと、会社のパソコンで
最近、気になっていたことを
検索していたら、
吉岡秀人先生の言葉を見つけた。
彼は、発展途上国の子供たちの
ために尽力を尽くされている
お医者さん。
とてもとても心に響いた。
☆☆☆☆
人間がどんなに苦労しても
我慢し長く続けられることは
自分のためだけです。
我が子や仲の良い友達のためで
あっても一年間我慢できれば
良い方で、それはかつて
僕が超えてきた道です。
「途上国の可哀想な人のために
やっている」では続きません。
病気の人を治してあげたい
自分の気持ちが最初であって、
そこに彼らが存在してくれている
という順番。
「治してあげたい」と思うのは
なぜか哲学的につきつめていくと、
結局それをしている自分の価値を
自己認識したいんです。
患者は、そのチャンスを
くれている人たちです。
だから感謝こそすれ
威張ったりする対象ではありません。
我慢し長く続けられることは
自分のためだけです。
我が子や仲の良い友達のためで
あっても一年間我慢できれば
良い方で、それはかつて
僕が超えてきた道です。
「途上国の可哀想な人のために
やっている」では続きません。
病気の人を治してあげたい
自分の気持ちが最初であって、
そこに彼らが存在してくれている
という順番。
「治してあげたい」と思うのは
なぜか哲学的につきつめていくと、
結局それをしている自分の価値を
自己認識したいんです。
患者は、そのチャンスを
くれている人たちです。
だから感謝こそすれ
威張ったりする対象ではありません。
