とらのこ ゆう
15/03/02 15:23
戦後70年近く経った今、
私たち日本人は
自分のことを[悪人ではなく善人で、
自分たちの考えは正義だ]、
そういうことを信じて疑わない人が
増えてきたのではないかと思います。
例えば、今、世間を騒がせている川崎の中学生殺人事件。被害者の少年の写真がテレビに流れる度に、心が辛くなります。
こんなに優しそうな子が、あんなむごい殺され方をするなんて、
不条理すぎる出来事に許せない!
少年法を改正すべき!
でも、私たちの心の営みは、
それで終わりで良いのでしょうか?
ネット情報やマスコミは、
加害者少年の残忍性や
家庭環境について言及し、
少年たちの心は、
自分とはかけ離れた人間だ、
あるいは、
子供を持つ親は、
あんな子供に育てた両親と
自分とは別の世界に住む人間だ
とみんな一様に伝えています。
でも、本当にそうなのでしょうか。
私たちは、憧れと嫉妬心、愛情と憎悪、慈愛と攻撃、のように善と悪とがコインの表裏のように対をなし、常に揺らぐ心をもつ弱い人間です。
ー「心とは、心惑わす心なり。心に心、心許すな。」と山本玄峰老師に教えて戴きました。私達が普通言っている「心」とは、「自我」であって、この「自我」は「機会」や縁(原因を助けて結果を生じさせる作用)によっていか様にも発展する可能性があります。「かっとなって人を殺す」などということを言っている犯罪者がいますが、誰でもその危険性があると思います。(父ブログ (もの思う鷲 )から拝借)ー
私の中に、また周りの人の、負の感情をいかに犯罪に結びつけないよう、一人一人考え行動し努力していくかが、私たちに今必要なことなのではないかと思います。