助産師さんに、赤ちゃんを迎える準備は出来ていますか?と念を押されているのだが、ついつい先延ばしになっていた。

上の子のときに使っていた肌着を押入から引っぱり出して、洗濯した。


妹のところに、ベビーベッドやベビーバスなど、新生児の生活に必要なものはほとんど持って行ってあったのですが、上の子が着た思い出の服や肌着はほとんどうちにとってあった。

また、いつか使うぞ・・・と思いながら。


洗濯してしまっておいたはずなのにかなり黄ばんでいましたが、漂白剤につけ置きしたらだいぶきれいになりましたよ。

漂白液が黄色くなっていたけれど(笑)。


↑愛用している、無添加石けん+酸素系漂白剤です。


洗濯物いっぱい!

花粉症である私は、今の時期、部屋干ししかできません。

他にもいつもの洗濯物もあるので、部屋中、洗濯物だらけ・・・。


あと1ヶ月もすれば、肌着がいっぱい干してある風景が日常になるんだな。


好きな先生のことばかり書いて、ちょっとのぼせていましたが、まじめな話も少し。


2人の先生に共通することは、どちらも

「一緒に頑張りましょう」

と私に言ってくれたこと。

これが何よりうれしかった。


出産を無事終えることも、喘息を完治させることも、「絶対」ということはあり得ない。

喘息は一生付き合っていかなければいけない病気だし、出産だって昔に比べたら格段に減ってはいるけれど命を落とす人もいる。

先生たちは、私に任せなさいなんて無責任な約束はしなかった。

でも、力になってくれるって約束してくれた。


ジストニアの治療でも、そんな先生に出会えますように恋の矢



私自身は医療従事者として、薬物療法においていろいろな相談にのりたいと思っています。

ドラッグストアによくある、頼んでもいないビタミン剤を風邪薬と一緒に抱き合わせて売るようなことは、私はしたくないな。

(一方的すぎる・・・)

今は主に小児科と皮膚科の患者さんの薬を作っていますが

  小児科:薬が飲めません

  皮膚科:アトピーがコントロールできない

などの相談が多い。

教科書通りの定石を一通り説明しなくてはいけないときもあるけれど、患者さんが困っている状況に対して、「一緒に考えましょう」というスタンスです。


小児科の患者さんで言えば、赤ちゃんの個性は十人十色で、あるお子さんでうまくいった方法が別のお子さんでうまくいくとは限らない。

その子の個性をいちばん理解している保護者の方に

「こんな方法がありますよ」

っていうのを、いくつか提示して最終的には保護者の方に選んでもらう。

薬剤師の話をヒントに自分で工夫してみたらうまくいった、と思ってもらえたら、それがいちばんいい。

うまくいかなかったら、電話でもいいので、また相談してね・・・。

そんな感じでお話ししています。



私の好きな2人の先生は、患者の話をうまく引き出して問題点を一緒に考えてくれました。

私も見習って、素敵な薬剤師になれるように頑張らなくちゃ!!


喘息になったのも、不育症になったのも、この出会いを経験するためだったのかしら・・・。

(自分の都合のいいように解釈できるなんて、私って幸せかも音譜

今かかっている大学病院の産科の先生も好きですが、他にも好きな先生がいた。

これもブログに書いて残しておかなきゃ。


昔、勤めていた病院の循環器科の先生。

歳は私よりずっと上なので恋愛感情はないですがべーっだ!



27歳の時、インフルエンザにかかり、そのあと何ヶ月も咳が止まらなかったことがあります。

ぜいぜいして苦しかったのに、診察を受けると「今年の風邪ですよ」ですまされていた。


あまりに長引くので、これはおかしいと思い、検査科の同期に頼んで呼吸機能の検査をさせてもらいました。

喘息になると吐く息の量やスピードが低下するのですが、それはとりあえず正常値ぎりぎりの範囲内でした。

たまたまその検査室にいた循環器の先生が

「ずいぶんぜいぜいしていますね」

と気がついてくれた。


先生の勤務していた病院にいた若い看護師さんが、咳が出るといいながら気休めの薬を飲んでいたところ、実はリンパ腫で手遅れになってしまったことがある・・・と言っていました。


「あなたがリンパ腫というわけじゃないけれど、

 他に問題がないか検査して、きちんと治療しましょう。

 来週、私の診察のときによかったら来て下さい。

 苦しかったら、来週までの薬は今、出してあげるよ」


そう声をかけてくれました。


翌週、胸のレントゲンを撮りました。

肺には病変は何もなく、喘息であるということになりました。

喘息の場合は肺に何もうつらず、発作が起きたときだけ喘鳴が起こるそうです。


テオドール(気管支拡張薬の内服)と、発作時に使う吸入薬が処方されました。

もともと薬はたくさん出さない先生なので、最初はこの2つで症状をコントロールし、落ち着いてから漢方を併用して、テオドールと吸入を減らしていきましょう、ということになりました。


何がうれしかったかって・・・

「きちんと治療しましょう」

って言ってくれたこと。


咳止めシロップでも飲んでりゃ治るだろう、そんなことなら市販の薬ですませます。

治らないから病院にかかるのに、先生にやる気がなかったら治るものも治らなくなってしまう。


私はこの先生のひとことで、先生と自分で相談しながら治すんだ!という気持ちになれました。

病気に本気で向き合うことが出来たのです。

他にも母のすすめてくれた乾布摩擦なども実行して、最終的には薬をやめても症状は出なくなりました。


そのころは、カラオケに行っても、花火を見ても、おいしいものを食べても、なんだかいつも胸の奥が苦しくて何をしても楽しくなかった。こんなに体調が悪くては恋も出来やしないって思っていた。

それが、体調がよくなったらなぜか彼氏が出来ました。

(それが今の夫ですラブラブ


先生が命の恩人ビックリマーク

あのまま喘息を放置していたら、出会いもなかっただろうし、別の人生を送ってたかも。

先生、ありがとう。



その病院を辞めるとき、書痙が少しずつ進み始めていたのですが、その先生がすごく心配してくれてストレスの多い職場から転職することに賛成してくれた。それもうれしかった。


私はこれから書痙の治療を始めますが

「あの時、辞めてよかったです」

と先生に笑顔で言えるように、これからの治療を頑張ろうと思います。