うちの母。
アルツハイマーではないと診断されましたが、確実認知機能は落ちています。
こないだね、GW前にケンカしたんですよ。
なんかいつもクヨクヨしていて、「もう死のうかな〜」とかしょっちゅう口にするんです。
毎回それに対して「やめてよー!そんな悲しいこと言わないで」って返答していたのですが、これがもう50回は言われ続けていたのと私もイライラしていたので、冗談ぽく「死ねるもんなら死んでみたら?」と言ったんです。
そしたらこの言葉を真に受けて、「帰るわ」と言って帰っていきました。
まぁなんか怒ってるけどこっちも怒ってたので、特にフォローせずそのまま放置。
2〜3日後くらいにあまりに連絡がないのでLINEしても、「心配しないで、落ち込んでいるだけです」と連絡来まして、その後詳しく聞いてもスルーされて、何に落ち込んでるのか不明なまま。
パパ同伴のGWのお出かけには気を遣うからと基本ついてきてくれないので、お互い怒りの熱が冷めたGW明けに連絡しようと思っていました。
で、GW明けに連絡があったと思ったら、自分の友達に半ば強制的に職安に連れて行かれてパート探しをしたそうな。
認知症予防にもなるし、お金も入るし働けと言われたそうです。
それで週2午前中2時間のマンションの清掃のパートを見つけてきました。1人で作業するそうで人との仕事のやり取りが怪しくなってきてる母にはめっちゃ良い。
複数の書類に必要な押印や氏名などを記入し、まとめて送るのができずに私がやりました。せっかくまとめても勝手にぐちゃぐちゃにしたり。
このやり取りで普段の日常からは気付けない母の理解力の低さを目の当たりにしました。
これは仕方ないし、そんなことは普段しないし生きていけるのでもう気にしないようにしました。
しかし、そのパートは1日目で辞めました。
機械を使っての清掃作業で、これは無理だと判断したのだそうです。
前置きが長くなりましたが、昨日はまた朝から職安に仕事を探してきました。
帰り、うちの家の近くだったので一緒にランチしたんですよ。
そして、新しい会社とファーストコンタクトは自分から電話するのか向こうからかかってくるのかと聞いたら、ボーッとした顔して「わからん」って。
これは仕事なんてできないと思って、またけっこう厳しめの言葉を言いました。
すると、またしょんぼりして「実はGWに田舎に帰って、死のうと思って山に登って行ったんや」とポツリと言うんです。
どんどん奥へ行けば帰り道がわからなくなって死ねるだろうと思ったそうです…
しかし、途中で雨が降って来たので帰ってきたのだとか。
そんな話全く知らなかったし、GW明けも何事もなかったように家に来てくれて、いつも通り子供のお迎えや家事をやってくれていたのでめちゃくちゃショックでした。
もう悲しくて。
めちゃくちゃ怒りました。
悲しい時って怒ってしまう。
その後涙が出てきて2人で泣きました。
ショックすぎて気持ちの整理ができず、言葉もあまり交わさずに帰りました。
で、仕事をして気持ちが落ちついてきたのでネットで検索。
自殺しそうな危険サインの列挙項目、ほぼ当てはまった。
例えば、「いつも死ぬことが頭にある」は、最近亡くなった近所のおばさんの家の前を通るたびに「私もお迎えにきて」とお願いしてると言ってるしYES。
雨が降ってきただけで帰るくらいなので、そこまで強固なものではなかったのだろうけど、母が深刻に悩んでいたことをようやく理解できました。
本当に同じ話ばかりだったり、会話も内容やこちらの意図を理解できずに少し込み入った会話ができなかったりするので、どうしてもイライラしてぶつけていました。
それが母を苦しめていたんです。
ランチ後一旦帰って、夕方また家事と子供のお迎えに来てくれた母に謝りました。
そして、そこまで悩んでいたならこれからは私に教えてほしいことも伝えました。
最近家で1人なのが寂しいと言ってたし、一緒に住む方向に考えていたんです。
だけどこれからさらに症状が進行する母と同居すると、ついキツい言葉を言ってしまうことも増えるので、同居はやはりやめた方が良い気もしてきました。
母にも子供達にもキツい言い方をしないようにする。
また課題が出てきて、自分が成長しなければならないのだと感じました。
おちょこみたいな小さな心の器を少しずつ大きくしなければいけません。
写真は先日のレゴスクールで次女が作ったケーキパーティーの家